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第五章 それは日々の話
144 ええ、そうですね 朱実
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できるけれど、したくなかった。
そう考えて、随分と理性的ではなかったことに気付き、苦笑する。私なりに少し、鬱憤が溜まっていたらしい。
「反省はしましょう」
返事はまた、溜め息だった。
温くなった茶を飲み干して、もういいかと立ち上がりかけると、待て、と声がかかる。
今日はしつこくないか?
「お前は緋色と違って、ただやりたいこと、思い付いたことを言って結果を待てばいい立場ではない」
「ええ、そうですね」
「あれにも、少しは自重するよう伝えねばならぬな。やる気を出してくれたのは嬉しいのだが、発言に皇族であるという自覚が薄い」
それは、あなたが、いやあなたと母上が、緋色をきちんと育てなかったからでしょう?
喉元まで出かかった言葉をごくん、と飲み込む。過ぎたことだ。それを言って、返ってくるどんな言葉にも腹を立てる自信がある。
あなたが、予想だにしていなかった皇帝位を継ぐことになって、混乱していたことは聞いた。先帝は、いらぬ争いの種を蒔くまいと、あなたには臣下の教育しかしていなかったのだと。
大人になってからの、施政者としての勉強は、大変苦労されたことだろう。小さな頃からの自覚、積み重ねがなければ、頭を下げないこと、決定的な意見を言わないことはなかなかに難しい。
だからといって、赤虎に私と同じ教育を施したのは間違いだった。間違っていたんだ。同じにするから、あれは、自分も皇位を継げるものだと勘違いした。私への敬意を持っていないし、臣下として私を支える気が欠片もない。ただ、自尊心の強い、私にとって邪魔なだけの存在に成り果てた。赤虎を家族でいられなくしたのは、あなただ。
私には、賢くて、私を慕い支えてくれる有能な弟が必要だったのに。
その、有能な補佐候補を一人潰しただけでなく、もう一人の子どもの、教育どころか養育すら、ままならぬ事態に陥っていた。あなたは、私が、自分の専属の教育係へ緋色の教育も頼んでいたことを知らないでしょう?
錯乱する母のもとへ、幼い緋色がなるべく近付かぬように気をつけていたことを知らないでしょう?
あなたはあなたの仕事をしていた。あなたの御代に混乱は無かった。その点は、評価しています。
けれど、私はともかく、弟たちが今、ああなのはあなたの責任なのだと言いたい。
皇城に産婆や女性の相談役がいなかったことで、母は緋色の妊娠出産時に気の病を拗らせたに違いないのだ。
私や赤虎の妊娠出産の頃は、母は実家に帰って産婆を頼み、実母や周りの女性に助言と助力を請うことができた。
しかし、皇妃が城を出るなどあり得ない、医師なら城の方が充実している、と訴える皇宮医たちの言葉に逆らえず、緋色の妊娠出産時に、城から出ることは叶わなかった。
ただでさえ、思いもよらず皇妃となり、慣れない環境に神経をすり減らしていた母が、気を病むのは当然の帰結だったことだろう。
妊娠というのは、あの赤璃が不安定になるほどのことだ。だというのに、皇宮医たちは揃って言うのだ。
「妊娠は病気ではございません」
と。
そう考えて、随分と理性的ではなかったことに気付き、苦笑する。私なりに少し、鬱憤が溜まっていたらしい。
「反省はしましょう」
返事はまた、溜め息だった。
温くなった茶を飲み干して、もういいかと立ち上がりかけると、待て、と声がかかる。
今日はしつこくないか?
「お前は緋色と違って、ただやりたいこと、思い付いたことを言って結果を待てばいい立場ではない」
「ええ、そうですね」
「あれにも、少しは自重するよう伝えねばならぬな。やる気を出してくれたのは嬉しいのだが、発言に皇族であるという自覚が薄い」
それは、あなたが、いやあなたと母上が、緋色をきちんと育てなかったからでしょう?
喉元まで出かかった言葉をごくん、と飲み込む。過ぎたことだ。それを言って、返ってくるどんな言葉にも腹を立てる自信がある。
あなたが、予想だにしていなかった皇帝位を継ぐことになって、混乱していたことは聞いた。先帝は、いらぬ争いの種を蒔くまいと、あなたには臣下の教育しかしていなかったのだと。
大人になってからの、施政者としての勉強は、大変苦労されたことだろう。小さな頃からの自覚、積み重ねがなければ、頭を下げないこと、決定的な意見を言わないことはなかなかに難しい。
だからといって、赤虎に私と同じ教育を施したのは間違いだった。間違っていたんだ。同じにするから、あれは、自分も皇位を継げるものだと勘違いした。私への敬意を持っていないし、臣下として私を支える気が欠片もない。ただ、自尊心の強い、私にとって邪魔なだけの存在に成り果てた。赤虎を家族でいられなくしたのは、あなただ。
私には、賢くて、私を慕い支えてくれる有能な弟が必要だったのに。
その、有能な補佐候補を一人潰しただけでなく、もう一人の子どもの、教育どころか養育すら、ままならぬ事態に陥っていた。あなたは、私が、自分の専属の教育係へ緋色の教育も頼んでいたことを知らないでしょう?
錯乱する母のもとへ、幼い緋色がなるべく近付かぬように気をつけていたことを知らないでしょう?
あなたはあなたの仕事をしていた。あなたの御代に混乱は無かった。その点は、評価しています。
けれど、私はともかく、弟たちが今、ああなのはあなたの責任なのだと言いたい。
皇城に産婆や女性の相談役がいなかったことで、母は緋色の妊娠出産時に気の病を拗らせたに違いないのだ。
私や赤虎の妊娠出産の頃は、母は実家に帰って産婆を頼み、実母や周りの女性に助言と助力を請うことができた。
しかし、皇妃が城を出るなどあり得ない、医師なら城の方が充実している、と訴える皇宮医たちの言葉に逆らえず、緋色の妊娠出産時に、城から出ることは叶わなかった。
ただでさえ、思いもよらず皇妃となり、慣れない環境に神経をすり減らしていた母が、気を病むのは当然の帰結だったことだろう。
妊娠というのは、あの赤璃が不安定になるほどのことだ。だというのに、皇宮医たちは揃って言うのだ。
「妊娠は病気ではございません」
と。
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