【完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
492 / 1,321
第五章 それは日々の話

142 いつか共に  三郎

しおりを挟む
広末ひろすえさん。片付けとか俺、できますんで、早くに帰っても大丈夫ですよ」

 いただきます、と三人で手を合わせていると、広末ひろすえさんが同じ鍋を囲みにきた。

「そうか?……甘えようかな。じゃ、俺は家で飲むか」

 少し考えてから笑った広末ひろすえさんは、何も食べずに、持ってきた食器を手に立ち上がると、緋色ひいろ殿下の所でひと言二言話している。

「お酒、弱いからあんまり飲めないって言ってたくせに」 

 村次むらつぐさんが、くっくっと笑った。確かに、さっきも麦茶を入れたコップを持っとった。
 広末ひろすえさんは、すみません、お先に失礼します、と挨拶して出ていく。

「最近、末良すえよしの夜泣きが酷いらしくてさ。寝不足みたいで」
「そういえば、今日の休憩時間に寝てらっしゃいましたね」

 鼓与ことさんの言葉に驚く。珍しい。休憩時間にも試作をしとるような人が。よほど疲れていたんやろう。

「片付け、手伝います」

 食事の後にも仕事ができた、と少し声が弾んでしまう。

「私も」
鼓与ことは帰れ。遅くなる」
「でも」

 話しながら食べるご飯は美味しい。特に気を使うでもなく、考えたことをそのまま口に出せるのは、体からも心からも、強張っている力が抜けていくような、何とも言えない心地よさがある。

「一緒に片付けた後で、鼓与ことさんを送っていったらええんちゃいます?」
「ああ、そうか。そうするか?」
「ええと……。じゃあ、はい」

 温かい料理で赤くなった顔の鼓与ことさんが、照れたように笑いながら頷いた。
 
「こんな和やかな宴席は、初めて見ました」
「宴席って……。普通の家飲みだろ」
「家飲み……」
「夕食の時に晩酌してる人が、今日は多かったってだけだ。あと、殿下と常陸丸ひたちまるさんが飲み始める時間が早すぎ」
「普通の家飲み……」

 私が見たことのある酒の席は、このように和やかで楽しいものでは無かった。ぴりぴりとした緊張感が酒の力で解れて、大声で言い合いを始める者がおったり、同じ話をくどくどと繰り返す者がおったり。お祖父様の一喝で、二度と見かけなくなった者も、一人や二人では無かったな……。
 大人になっても、あまり酒は飲むまい、と思っていた。

「皆、酒に耐性があるから、そんなに酔わないよ」
「耐性?」
三郎さぶろうは、毒の耐性は付けてるだろ?」
「あ、はい。少しは……」

 自分の出自について村次むらつぐさんと話したことはないけど、事情はすっかり知っているらしい。

「それと同じ。うちの一族は酒の耐性も付けてるから、そうそう酔わない」

 一族。
 離宮ここにおるのは、掃除ばっかりしとるように見える人でさえ、皇族を影ながら守る特殊な訓練を受けた一族なんやと、力丸りきまるさまに聞いたことがある。
 初めてここへ来た日。私と母上の護衛は、手も足も出なかった。動けたのは、かく兄上の護衛の才蔵さいぞうだけ。
 料理を作っとる村次むらつぐさんも……一族。

「え、と、そういう訓練は大人になってから?」
「いや。子どものうちから」
「酒やのに?」
「そういうもんだろ。耐えられなかったら、それまでだ」

 それまでって何?
 恐ろしい想像に、ご飯を食べる手が止まる。

「私、お酒、駄目でした」

 けろりと言う鼓与ことさんに、ほっとした。

「ご無事で何より」
「うん。拒絶が強く出たから、すぐに止めてもらえて助かった」
「本当に、無事で良かった……」

 私の言葉に、二人がまじまじとこちらを見た。

「え?なに……?」
「いや?そうだな……。俺らも飲むか?」
「え?いや、酒は二十歳はたちになってから……」

 私の答えに村次むらつぐさんは、ははは、と笑った。鼓与ことさんもくすくすと笑っている。

「分かった。三郎さぶろうが二十歳になったら一緒に飲もう」
「いや、村次むらつぐさんが二十歳まで待つよ!」

 だって、年下やろ?
 そう思ったのに、村次むらつぐさんはますます笑った。
 私も、耐性を付けとかなあかんやろか。どうするんやろ?毒は、ほんの少量ずつ、医者をそばに置いて舐めていた。呼吸が苦しくなったり、数日熱が高くなったこともある。嫌な思い出だ。
 毒とちごて、お酒は二十歳になったら美味しく飲める人が多いと聞く。それなら、二十歳になってから飲んだらええ。
 できれば、ここで、皆で……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

追放されたボク、もう怒りました…

猫いちご
BL
頑張って働いた。 5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。 でもある日…突然追放された。 いつも通り祈っていたボクに、 「新しい聖女を我々は手に入れた!」 「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」 と言ってきた。もう嫌だ。 そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。 世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです! 主人公は最初不遇です。 更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ 誤字・脱字報告お願いします!

【完】ちょっと前まで可愛い後輩だったじゃん!!

福の島
BL
家族で異世界転生して早5年、なんか巡り人とか言う大層な役目を貰った俺たち家族だったけど、2人の姉兄はそれぞれ旦那とお幸せらしい。 まぁ、俺と言えば王様の進めに従って貴族学校に通っていた。 優しい先輩に慕ってくれる可愛い後輩…まぁ順風満帆…ってやつ… だったなぁ…この前までは。 結婚を前提に…なんて…急すぎるだろ!!なんでアイツ…よりによって俺に…!?? 前作短編『ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活』に登場する優馬の続編です。 今作だけでも楽しめるように書きますが、こちらもよろしくお願いします。

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ
BL
国の都の外れの塔には悪魔が封じられていて、王族の血筋の生贄を望んだ。王族の娘を1人、塔に住まわすこと。それは、四百年も続くイズモ王国の決まり事。期限は無い。すぐに出ても良いし、ずっと住んでも良い。必ず一人、悪魔の話し相手がいれば。 時の王妃は娘を差し出すことを拒み、王の側妃が生んだ子を女装させて塔へ放り込んだ。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

公爵様のプロポーズが何で俺?!

雪那 由多
BL
近衛隊隊長のバスクアル・フォン・ベルトランにバラを差し出されて結婚前提のプロポーズされた俺フラン・フライレですが、何で初対面でプロポーズされなくてはいけないのか誰か是非教えてください! 話しを聞かないベルトラン公爵閣下と天涯孤独のフランによる回避不可のプロポーズを生暖かく距離を取って見守る職場の人達を巻き込みながら 「公爵なら公爵らしく妻を娶って子作りに励みなさい!」 「そんな物他所で産ませて連れてくる!  子作りが義務なら俺は愛しい妻を手に入れるんだ!」 「あんたどれだけ自分勝手なんだ!!!」 恋愛初心者で何とも低次元な主張をする公爵様に振りまわされるフランだが付き合えばそれなりに楽しいしそのうち意識もする……のだろうか?

処理中です...