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第五章 それは日々の話
142 いつか共に 三郎
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「広末さん。片付けとか俺、できますんで、早くに帰っても大丈夫ですよ」
いただきます、と三人で手を合わせていると、広末さんが同じ鍋を囲みにきた。
「そうか?……甘えようかな。じゃ、俺は家で飲むか」
少し考えてから笑った広末さんは、何も食べずに、持ってきた食器を手に立ち上がると、緋色殿下の所でひと言二言話している。
「お酒、弱いからあんまり飲めないって言ってたくせに」
村次さんが、くっくっと笑った。確かに、さっきも麦茶を入れたコップを持っとった。
広末さんは、すみません、お先に失礼します、と挨拶して出ていく。
「最近、末良の夜泣きが酷いらしくてさ。寝不足みたいで」
「そういえば、今日の休憩時間に寝てらっしゃいましたね」
鼓与さんの言葉に驚く。珍しい。休憩時間にも試作をしとるような人が。よほど疲れていたんやろう。
「片付け、手伝います」
食事の後にも仕事ができた、と少し声が弾んでしまう。
「私も」
「鼓与は帰れ。遅くなる」
「でも」
話しながら食べるご飯は美味しい。特に気を使うでもなく、考えたことをそのまま口に出せるのは、体からも心からも、強張っている力が抜けていくような、何とも言えない心地よさがある。
「一緒に片付けた後で、鼓与さんを送っていったらええんちゃいます?」
「ああ、そうか。そうするか?」
「ええと……。じゃあ、はい」
温かい料理で赤くなった顔の鼓与さんが、照れたように笑いながら頷いた。
「こんな和やかな宴席は、初めて見ました」
「宴席って……。普通の家飲みだろ」
「家飲み……」
「夕食の時に晩酌してる人が、今日は多かったってだけだ。あと、殿下と常陸丸さんが飲み始める時間が早すぎ」
「普通の家飲み……」
私が見たことのある酒の席は、このように和やかで楽しいものでは無かった。ぴりぴりとした緊張感が酒の力で解れて、大声で言い合いを始める者がおったり、同じ話をくどくどと繰り返す者がおったり。お祖父様の一喝で、二度と見かけなくなった者も、一人や二人では無かったな……。
大人になっても、あまり酒は飲むまい、と思っていた。
「皆、酒に耐性があるから、そんなに酔わないよ」
「耐性?」
「三郎は、毒の耐性は付けてるだろ?」
「あ、はい。少しは……」
自分の出自について村次さんと話したことはないけど、事情はすっかり知っているらしい。
「それと同じ。うちの一族は酒の耐性も付けてるから、そうそう酔わない」
一族。
離宮におるのは、掃除ばっかりしとるように見える人でさえ、皇族を影ながら守る特殊な訓練を受けた一族なんやと、力丸さまに聞いたことがある。
初めてここへ来た日。私と母上の護衛は、手も足も出なかった。動けたのは、角兄上の護衛の才蔵だけ。
料理を作っとる村次さんも……一族。
「え、と、そういう訓練は大人になってから?」
「いや。子どものうちから」
「酒やのに?」
「そういうもんだろ。耐えられなかったら、それまでだ」
それまでって何?
恐ろしい想像に、ご飯を食べる手が止まる。
「私、お酒、駄目でした」
けろりと言う鼓与さんに、ほっとした。
「ご無事で何より」
「うん。拒絶が強く出たから、すぐに止めてもらえて助かった」
「本当に、無事で良かった……」
私の言葉に、二人がまじまじとこちらを見た。
「え?なに……?」
「いや?そうだな……。俺らも飲むか?」
「え?いや、酒は二十歳になってから……」
私の答えに村次さんは、ははは、と笑った。鼓与さんもくすくすと笑っている。
「分かった。三郎が二十歳になったら一緒に飲もう」
「いや、村次さんが二十歳まで待つよ!」
だって、年下やろ?
そう思ったのに、村次さんはますます笑った。
私も、耐性を付けとかなあかんやろか。どうするんやろ?毒は、ほんの少量ずつ、医者をそばに置いて舐めていた。呼吸が苦しくなったり、数日熱が高くなったこともある。嫌な思い出だ。
毒と違て、お酒は二十歳になったら美味しく飲める人が多いと聞く。それなら、二十歳になってから飲んだらええ。
できれば、ここで、皆で……。
いただきます、と三人で手を合わせていると、広末さんが同じ鍋を囲みにきた。
「そうか?……甘えようかな。じゃ、俺は家で飲むか」
少し考えてから笑った広末さんは、何も食べずに、持ってきた食器を手に立ち上がると、緋色殿下の所でひと言二言話している。
「お酒、弱いからあんまり飲めないって言ってたくせに」
村次さんが、くっくっと笑った。確かに、さっきも麦茶を入れたコップを持っとった。
広末さんは、すみません、お先に失礼します、と挨拶して出ていく。
「最近、末良の夜泣きが酷いらしくてさ。寝不足みたいで」
「そういえば、今日の休憩時間に寝てらっしゃいましたね」
鼓与さんの言葉に驚く。珍しい。休憩時間にも試作をしとるような人が。よほど疲れていたんやろう。
「片付け、手伝います」
食事の後にも仕事ができた、と少し声が弾んでしまう。
「私も」
「鼓与は帰れ。遅くなる」
「でも」
話しながら食べるご飯は美味しい。特に気を使うでもなく、考えたことをそのまま口に出せるのは、体からも心からも、強張っている力が抜けていくような、何とも言えない心地よさがある。
「一緒に片付けた後で、鼓与さんを送っていったらええんちゃいます?」
「ああ、そうか。そうするか?」
「ええと……。じゃあ、はい」
温かい料理で赤くなった顔の鼓与さんが、照れたように笑いながら頷いた。
「こんな和やかな宴席は、初めて見ました」
「宴席って……。普通の家飲みだろ」
「家飲み……」
「夕食の時に晩酌してる人が、今日は多かったってだけだ。あと、殿下と常陸丸さんが飲み始める時間が早すぎ」
「普通の家飲み……」
私が見たことのある酒の席は、このように和やかで楽しいものでは無かった。ぴりぴりとした緊張感が酒の力で解れて、大声で言い合いを始める者がおったり、同じ話をくどくどと繰り返す者がおったり。お祖父様の一喝で、二度と見かけなくなった者も、一人や二人では無かったな……。
大人になっても、あまり酒は飲むまい、と思っていた。
「皆、酒に耐性があるから、そんなに酔わないよ」
「耐性?」
「三郎は、毒の耐性は付けてるだろ?」
「あ、はい。少しは……」
自分の出自について村次さんと話したことはないけど、事情はすっかり知っているらしい。
「それと同じ。うちの一族は酒の耐性も付けてるから、そうそう酔わない」
一族。
離宮におるのは、掃除ばっかりしとるように見える人でさえ、皇族を影ながら守る特殊な訓練を受けた一族なんやと、力丸さまに聞いたことがある。
初めてここへ来た日。私と母上の護衛は、手も足も出なかった。動けたのは、角兄上の護衛の才蔵だけ。
料理を作っとる村次さんも……一族。
「え、と、そういう訓練は大人になってから?」
「いや。子どものうちから」
「酒やのに?」
「そういうもんだろ。耐えられなかったら、それまでだ」
それまでって何?
恐ろしい想像に、ご飯を食べる手が止まる。
「私、お酒、駄目でした」
けろりと言う鼓与さんに、ほっとした。
「ご無事で何より」
「うん。拒絶が強く出たから、すぐに止めてもらえて助かった」
「本当に、無事で良かった……」
私の言葉に、二人がまじまじとこちらを見た。
「え?なに……?」
「いや?そうだな……。俺らも飲むか?」
「え?いや、酒は二十歳になってから……」
私の答えに村次さんは、ははは、と笑った。鼓与さんもくすくすと笑っている。
「分かった。三郎が二十歳になったら一緒に飲もう」
「いや、村次さんが二十歳まで待つよ!」
だって、年下やろ?
そう思ったのに、村次さんはますます笑った。
私も、耐性を付けとかなあかんやろか。どうするんやろ?毒は、ほんの少量ずつ、医者をそばに置いて舐めていた。呼吸が苦しくなったり、数日熱が高くなったこともある。嫌な思い出だ。
毒と違て、お酒は二十歳になったら美味しく飲める人が多いと聞く。それなら、二十歳になってから飲んだらええ。
できれば、ここで、皆で……。
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