【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

123 寝たくない子の寝かせ方  緋色

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 昼ごはんを食べながら、かくん、と成人なるひとの頭が下がる。口にはまだ、親子丼の一口分が入っている。かくん、と下がった頭に自分で驚いて、はっと頭を上げてはもぐもぐと口を動かすが、次第にそれが止まって、またかくん、と頭が下がった。
 限界か。
 せめて今、口にある分だけでも飲み込んでくれたらいいけどな。

成人なるひと成人なるひと

 揺さぶると、びくっとしてまた、慌てて口の中の食べ物を噛み始めた。
 小さな丼の中はあらかた食べ終えているから、この辺でいいだろう。
 箸をぎゅう、と握りしめていた手を開かせて、水の入ったコップを持たせる。素直に飲んで、また箸を持とうとするから、残りをスプーンで集めて口に放り込んでやった。
 水を飲んで少し目が覚めたのか、最後の一口を一生懸命噛んでいる。いつの間にか、俺たちと同じ食べ物をしっかりと食べられるようになったんだな、と親子丼の器を見ながら思う。
 俺の器のものよりは、全ての具材が薄く小さく切ってあるようだが、同じ具材で作られた食べ物だ。米も、もしかして柔らか目に炊いてあるのかもしれないが、素人目には何の変わりもない。
 小さいとはいえ丼の飯を、眠気と戦いながら食べ終えられるようになった。
 昼寝も、しない日の方が増えてきた。疲れているだろうな、と気を回して、昼寝はしないのか?と不用意に聞いたりすると、しない!と不機嫌になる。
 順調に成長してますねえ、と青葉あおばが嬉しそうに言っていたが、あれは、情緒の話だったのか、と最近やっと気付いた。
 細くて弱い体のことばかりが気になって、とにかく気を付けて飯をしっかり食わせ、十分な睡眠を取らせて、元気な笑顔を見ることしか考えていなかった。実際、余裕が無いほどに体の状態は良くなかった。
 大人しくて、聞き分けがいい性格なのは間違いないだろう。頭が良いことも。そして、俺のことが何より誰より好きなことも。
 成人なるひとが、何より誰より俺を優先して、好きだと全身で伝えてくれていることに満たされていたので、情緒が上手く育っていなかった、と言われてもよく分からない。
 話せないふりをしている頃から、言いたいことは何となく分かったし、感情の分かりやすい奴だと思っていた。感情の種類が少ない、などとよほどの専門家じゃないと気付く訳がない。
 その成人なるひとが、寝ろ、と言われて、寝たくないと抵抗したり、恥ずかしいから描いた絵を見せない、と言ったりしている。
 成る程なあ。
 何でもできるつもりで、できないことに癇癪を起こす子ども時代。だんだんとそれに折り合いをつけつつ、どうしても納得できずに反抗しては周囲を傷付ける青少年期。そして、少しずつ諦めて大人になる過程を、今、控え目に辿っているのか。
 今日の昼食の最後の一口を飲み込んで、ごちそうさまでした、と言う成人なるひとをまじまじと見つめてしまう。
 一旦、眠気は去ったのか?だが、昨日は久しぶりに出掛けていたのに、帰ってから昼寝をしていない。だというのに今日も、朝から仕事をして、勉強もして、と張り切っていた。そして、昼食をとりながら寝かけていたのだから、昼寝しろ、と俺が言うのは正しいことだろう。
 それでもまた、しない!と言い張るだろうか。これが、反抗?可愛いもんだが、そんなことで体調を崩されるのも困るな。
 成人なるひとを座椅子から、胡座の上に移す。食べ終えたのだから、休憩時間にくっついているのはおかしくないだろう。
 嬉しそうに笑って抱きついてくれるので、そのまま黙って軽く背中に片手を回し、食後に、と出てきた茶を啜る。
 数分もしないうちに、成人なるひとの体が完全にもたれ掛かってきたのを感じた。気付かないふりで背中を軽くたたく。ぽん、ぽん、と何度か繰り返すと、寝息が聞こえてきた。
 なんだ。寝かせるのは、こんなに簡単なことだったのか。

「殿下、お上手です」

 青葉あおばが、成人なるひとが起きないように抑えた声で褒めてくれた。
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