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第五章 それは日々の話
113 おかえり 緋色
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「成人は?」
今日は、母上と髪の美容液の店へ出掛けていた成人の姿が、昼食の場に見えない。気温が低いようだったから、他には寄り道をするなと口を酸っぱくして言い聞かせたし、とうに帰っているはずなんだが。
「帰られてからずっと、お部屋を出られていないようです」
昼食の盆を持った水瀬が教えてくれたので、一度食堂を出て部屋へと向かう。
ちょうど乙羽が食堂に入って来るのが見えたから、付いて来ようとする常陸丸に、いらん、と軽く手を振った。
離宮は俺にとって、皇城よりよほど安全だ。何の憂いもなく暮らせる場所を貰えたことはありがたい、と最近は朱実に感謝の気持ちもある。少しの間暮らした小さめの屋敷も、とても好きだったけれど。
「成人?」
扉を一応、こんこんと叩いてから中に入った。久しぶりの外出だから、疲れて寝ているのだろう、との予想に反して、絨毯を敷き詰めた遊び場所で熱心に机に向かっている。
集中し過ぎて気付かないようなので、足音を忍ばせて近付いた。成人も、離宮ではすっかり寛いでいて、常に気配に敏感なこともない。
緊張が取れる場所があるというのは、良いもんだな。
白い紙に、何かを熱心に書いている様子を眺める。
大きな丸を描いて、丸の中に小さな丸を二つ。丸の上部から波打つ線を下に向けて幾つも引いている。少しふわふわと揺らして描いているようだ。
もしかして、人の顔か……?
荘重に事情を聞くか、本人に聞くか。
悩んでいると、納得いかないように、んー?と顔を上げた成人が俺に気付いた。
「緋色」
にひゃ、と笑う。
いつも通りだな。
後ろに座って、胡座の上に抱き上げた。
「おかえり」
「ただいま」
体は冷えていない。たくさん着込ませた甲斐があったな。部屋も、出掛けている間も暖房を付けたままにしておいた。最近は、廊下のあちこちにも暖房器具を置いて、離宮全体、どこに居ても暖かいようにしてある。そうしないと、廊下の移動だけで熱を出す。広すぎる家を暖めきれなかった昨年は、成人だけでなく乙羽も斎も、何度か寒さに負けて寝込んでいたが、今年は対策は万全だ。
「楽しかったか?」
「うん」
「店はどうだった?」
「うん。臭くなかった」
「そうか。こちらに合わせてきたな。流石だ」
俺も開店前に視察に行こう。一応、共同責任者だし。美容液も香油も買いたい。
「何か買ってきたのか?」
「んーん。俺は買ってない。緋色が買うから」
美容液を選んで、成人に付けるという行為は、楽しい。気持ち良さそうな顔をしてくれるところがかなり気に入っているので、それで正解だ。
「元気だったか?」
何気なく言った一言に、成人がぱっと笑う。
何だ?
「母さまがね。お外に出てでも美容液を買いたかったのは、緋色がくれたから、だって」
は?
なんだ、そりゃ。
今日は、母上と髪の美容液の店へ出掛けていた成人の姿が、昼食の場に見えない。気温が低いようだったから、他には寄り道をするなと口を酸っぱくして言い聞かせたし、とうに帰っているはずなんだが。
「帰られてからずっと、お部屋を出られていないようです」
昼食の盆を持った水瀬が教えてくれたので、一度食堂を出て部屋へと向かう。
ちょうど乙羽が食堂に入って来るのが見えたから、付いて来ようとする常陸丸に、いらん、と軽く手を振った。
離宮は俺にとって、皇城よりよほど安全だ。何の憂いもなく暮らせる場所を貰えたことはありがたい、と最近は朱実に感謝の気持ちもある。少しの間暮らした小さめの屋敷も、とても好きだったけれど。
「成人?」
扉を一応、こんこんと叩いてから中に入った。久しぶりの外出だから、疲れて寝ているのだろう、との予想に反して、絨毯を敷き詰めた遊び場所で熱心に机に向かっている。
集中し過ぎて気付かないようなので、足音を忍ばせて近付いた。成人も、離宮ではすっかり寛いでいて、常に気配に敏感なこともない。
緊張が取れる場所があるというのは、良いもんだな。
白い紙に、何かを熱心に書いている様子を眺める。
大きな丸を描いて、丸の中に小さな丸を二つ。丸の上部から波打つ線を下に向けて幾つも引いている。少しふわふわと揺らして描いているようだ。
もしかして、人の顔か……?
荘重に事情を聞くか、本人に聞くか。
悩んでいると、納得いかないように、んー?と顔を上げた成人が俺に気付いた。
「緋色」
にひゃ、と笑う。
いつも通りだな。
後ろに座って、胡座の上に抱き上げた。
「おかえり」
「ただいま」
体は冷えていない。たくさん着込ませた甲斐があったな。部屋も、出掛けている間も暖房を付けたままにしておいた。最近は、廊下のあちこちにも暖房器具を置いて、離宮全体、どこに居ても暖かいようにしてある。そうしないと、廊下の移動だけで熱を出す。広すぎる家を暖めきれなかった昨年は、成人だけでなく乙羽も斎も、何度か寒さに負けて寝込んでいたが、今年は対策は万全だ。
「楽しかったか?」
「うん」
「店はどうだった?」
「うん。臭くなかった」
「そうか。こちらに合わせてきたな。流石だ」
俺も開店前に視察に行こう。一応、共同責任者だし。美容液も香油も買いたい。
「何か買ってきたのか?」
「んーん。俺は買ってない。緋色が買うから」
美容液を選んで、成人に付けるという行為は、楽しい。気持ち良さそうな顔をしてくれるところがかなり気に入っているので、それで正解だ。
「元気だったか?」
何気なく言った一言に、成人がぱっと笑う。
何だ?
「母さまがね。お外に出てでも美容液を買いたかったのは、緋色がくれたから、だって」
は?
なんだ、そりゃ。
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