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第五章 それは日々の話
74 不得意もあるからこそ 緋色
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「え、何?」
「鼓与のなりたいものよ」
「え?え?分かったの?なんで?何?」
「うふふ」
そう言った乙羽の口に、今度こそ煮物が一つ放り込まれた。
「ん、もう。むぐ」
乙羽は文句を言いつつ、口の中の野菜をむぐむぐと噛みながら、成人に手招きする。成人が、ぱっと座椅子から立ち上がって、向かいの席の乙羽の隣に座った。
「内緒なんだから、誰にも言っちゃだめよ。あのね」
声を潜めた乙羽に成人は向きを変えて右耳を近寄せた。成人を拾った日に爆風で破れた左耳の鼓膜は、とうに再生しているはずだが、しっかり聞こうとするときに右耳を差し出す癖がある。何となく聞こえにくいのかもしれないな。気を付けておこう。
「鼓与は昔から、優秀で努力家で、村次のことを真っ直ぐに好いていました」
料理をのんびりと食べながら、荘重が口を開く。内緒話をする二人を優しい目で見ながら。
「このまま成長すれば、相性の良い当主夫妻になるのでは、と思っていました。当主として、その伴侶としての能力を見て婚姻を結ぶことが多いですが、やはり気持ちが伴っておった方が良い結果を生むものです」
政略、というほどでもないが、一族の当主ともなればそれなりに、納得できないことも飲み込んで過ごして来たんだろう。
「村次が怪我をして、鼓与もまた、技合わせに真剣さを失うかと思ったのですが、学生の間は女筆頭を譲ることはありませんでした」
「そうか」
意志の強そうな瞳を思い出す。特別に美人でも不美人でもない。けれど、内から滲み出す確固たる意志が、鼓与はいい女だと伝えてくる。
「村次に勝ちたいと常々言って努力していた重嗣が、鼓与を好いているようでしたから、そちらとの組み合わせでも良いか、と考えていたのですが。鼓与は、筆頭を取った褒美に離宮で働かせてくれ、と言いましてな」
「ははっ。成る程」
ぶれない奴は好きだ。ずっと離宮に居てもらって構わない。
「自らの力で道を拓くその意志の強さを、一族のために使ってほしいと思いつつ、村次の幸せも諦めきれませんで……」
「あれは、いい女だ。手駒になるたまじゃない」
「ですね……」
柔らかく微笑む荘重は、ただ孫を思う爺だ。
「重嗣にもまた、いい娘が寄り添ってくれることを願いましょう」
「あっちもこっちも上手くはいかぬさ」
荘重は、くくくっと急に可笑しそうに笑った。
「鼓与は、とても強くて賢い子ですが、とんでもなく不器用でしてな。ふふっ。料理ほど向いていないことはありますまい」
「ははっ」
黙って話を聞いていた常陸丸が笑っている。俺も、思わず笑みをこぼした。
それは、なかなかの難題だ。確か鼓与の今の夢は。
可笑しそうに、けれど優しく荘重は言う。
「料理が上手になりたい、という願いは、なかなか時間がかかりそうですよ」
「鼓与のなりたいものよ」
「え?え?分かったの?なんで?何?」
「うふふ」
そう言った乙羽の口に、今度こそ煮物が一つ放り込まれた。
「ん、もう。むぐ」
乙羽は文句を言いつつ、口の中の野菜をむぐむぐと噛みながら、成人に手招きする。成人が、ぱっと座椅子から立ち上がって、向かいの席の乙羽の隣に座った。
「内緒なんだから、誰にも言っちゃだめよ。あのね」
声を潜めた乙羽に成人は向きを変えて右耳を近寄せた。成人を拾った日に爆風で破れた左耳の鼓膜は、とうに再生しているはずだが、しっかり聞こうとするときに右耳を差し出す癖がある。何となく聞こえにくいのかもしれないな。気を付けておこう。
「鼓与は昔から、優秀で努力家で、村次のことを真っ直ぐに好いていました」
料理をのんびりと食べながら、荘重が口を開く。内緒話をする二人を優しい目で見ながら。
「このまま成長すれば、相性の良い当主夫妻になるのでは、と思っていました。当主として、その伴侶としての能力を見て婚姻を結ぶことが多いですが、やはり気持ちが伴っておった方が良い結果を生むものです」
政略、というほどでもないが、一族の当主ともなればそれなりに、納得できないことも飲み込んで過ごして来たんだろう。
「村次が怪我をして、鼓与もまた、技合わせに真剣さを失うかと思ったのですが、学生の間は女筆頭を譲ることはありませんでした」
「そうか」
意志の強そうな瞳を思い出す。特別に美人でも不美人でもない。けれど、内から滲み出す確固たる意志が、鼓与はいい女だと伝えてくる。
「村次に勝ちたいと常々言って努力していた重嗣が、鼓与を好いているようでしたから、そちらとの組み合わせでも良いか、と考えていたのですが。鼓与は、筆頭を取った褒美に離宮で働かせてくれ、と言いましてな」
「ははっ。成る程」
ぶれない奴は好きだ。ずっと離宮に居てもらって構わない。
「自らの力で道を拓くその意志の強さを、一族のために使ってほしいと思いつつ、村次の幸せも諦めきれませんで……」
「あれは、いい女だ。手駒になるたまじゃない」
「ですね……」
柔らかく微笑む荘重は、ただ孫を思う爺だ。
「重嗣にもまた、いい娘が寄り添ってくれることを願いましょう」
「あっちもこっちも上手くはいかぬさ」
荘重は、くくくっと急に可笑しそうに笑った。
「鼓与は、とても強くて賢い子ですが、とんでもなく不器用でしてな。ふふっ。料理ほど向いていないことはありますまい」
「ははっ」
黙って話を聞いていた常陸丸が笑っている。俺も、思わず笑みをこぼした。
それは、なかなかの難題だ。確か鼓与の今の夢は。
可笑しそうに、けれど優しく荘重は言う。
「料理が上手になりたい、という願いは、なかなか時間がかかりそうですよ」
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