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第五章 それは日々の話
73 一ノ瀬の話 緋色
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「それでね、鼓与のなりたいものは、内緒って言って教えてくれなかった」
「今は料理が上手になりたいって言ったんでしょ?」
「うん。でも重嗣は、鼓与がわざあわせってのに来なかったって怒ってて」
「重嗣ってだあれ?」
「うーん、誰かな。ちょっと村次に似てたかも」
「誰かなって、なあにそれ。知らない人としゃべってたの?」
きゃきゃきゃ、と乙羽の楽しそうな笑い声が響く。
早くも腹が膨れたらしい成人と乙羽が、話に夢中になっている。小さな器の炊き込みご飯と貝の吸い物、茶碗蒸ししか食べていないが、食べきって大満足してしまったな。まあ、ちょいちょい口に放り込んでやろう。後でデザートも出てくるだろうし。
「お話中に失礼します。重嗣は、私の孫でございます。村次とは従兄弟同士になります」
「いとこどうし?」
「親が兄弟の子ども同士のことを従兄弟って言うのよ」
「ふーん」
元より、親と子といった基本の家族構成すら知らなかった成人に、血縁というものを理解するのは難しい。頭で分かるようになっても、実感が伴うことはないだろう。適当な返事をしてから、話を続けている。
「重嗣が厨房に居て、鼓与は頭領の助けになる女になりたいって鍛えてたのに、何で技合わせに来なかったんだって怒ってて」
「ふーん。鼓与の知り合いなのね」
「同級生です。どちらも優秀な一ノ瀬ですよ」
「わざあわせってなあに?」
「同族内での武道大会です。中学生は試験も兼ねて全員参加ですが、卒業後は自由参加となっております。年齢、性別などの区分けをして技を競い合います。優秀な成績の者から当主の候補を選んだり、仕事を割り当てる基準にしたりします」
「世襲ではないんだな」
荘重の子の村正が跡を継いでいたから、世襲なのだと思っていた。
「せしゅう?」
「地位や財産を子が継ぐことだよ。血縁の者が継いでも世襲というけどな」
「みな血縁とも言えるので、世襲と言えば世襲ですが、当主の子が当主になる、という訳ではありませんね。自分より能力が劣る者の指示など、聞きたくないでしょう?」
武門らしい当主の選び方だった。まあ、親の能力を受け継いだ子どもが同じように優秀なのはよくあることで、自然と子どもが継ぐことになるのもよくあることだ。
「重嗣は当主候補になったんだって」
「技合わせの無差別の部で勝ち残りましたので」
ふーん、強いんだ、と呟く成人の口に、火の消えた鍋から出して冷ました豆腐を放り込む。口の塞がった成人の代わりに乙羽が口を開いた。
「女の人も、当主候補になるの?」
「優秀であれば。今まで女当主の例はありませんが」
「そうねえ。やっぱりどうしても、体格や力が劣るものね。毎月、不調の数日もあるし……」
「そうですね。性別でどうこう言うことはありませんが、女筆頭は結局は、当主の伴侶となることが多いですね」
「あら。そうなの」
「ええ。余程相性が悪くなければ。当主の仕事を手伝ってもらうのですから、優秀な者でないと務まりませんし」
「ふーん……」
乙羽は、常陸丸が口元に差し出した煮物を一旦断った。
「ね、村次って強かった?」
「そうですね。……誰もが次の当主は村次だと思うくらいには」
ふ、と荘重が珍しく感情を滲ませて、泣き笑いのような表情をする。すぐに、いつもの笑顔に戻ったが、心のうちを垣間見れた気がした。期待の孫の怪我は、淡々として見えるこの男にも、多くの心労をもたらしていたに違いない。
「うふふ。なる。私、分かっちゃった」
何となくしんみりとした気分でいると、乙羽の明るい声が響いた。
「今は料理が上手になりたいって言ったんでしょ?」
「うん。でも重嗣は、鼓与がわざあわせってのに来なかったって怒ってて」
「重嗣ってだあれ?」
「うーん、誰かな。ちょっと村次に似てたかも」
「誰かなって、なあにそれ。知らない人としゃべってたの?」
きゃきゃきゃ、と乙羽の楽しそうな笑い声が響く。
早くも腹が膨れたらしい成人と乙羽が、話に夢中になっている。小さな器の炊き込みご飯と貝の吸い物、茶碗蒸ししか食べていないが、食べきって大満足してしまったな。まあ、ちょいちょい口に放り込んでやろう。後でデザートも出てくるだろうし。
「お話中に失礼します。重嗣は、私の孫でございます。村次とは従兄弟同士になります」
「いとこどうし?」
「親が兄弟の子ども同士のことを従兄弟って言うのよ」
「ふーん」
元より、親と子といった基本の家族構成すら知らなかった成人に、血縁というものを理解するのは難しい。頭で分かるようになっても、実感が伴うことはないだろう。適当な返事をしてから、話を続けている。
「重嗣が厨房に居て、鼓与は頭領の助けになる女になりたいって鍛えてたのに、何で技合わせに来なかったんだって怒ってて」
「ふーん。鼓与の知り合いなのね」
「同級生です。どちらも優秀な一ノ瀬ですよ」
「わざあわせってなあに?」
「同族内での武道大会です。中学生は試験も兼ねて全員参加ですが、卒業後は自由参加となっております。年齢、性別などの区分けをして技を競い合います。優秀な成績の者から当主の候補を選んだり、仕事を割り当てる基準にしたりします」
「世襲ではないんだな」
荘重の子の村正が跡を継いでいたから、世襲なのだと思っていた。
「せしゅう?」
「地位や財産を子が継ぐことだよ。血縁の者が継いでも世襲というけどな」
「みな血縁とも言えるので、世襲と言えば世襲ですが、当主の子が当主になる、という訳ではありませんね。自分より能力が劣る者の指示など、聞きたくないでしょう?」
武門らしい当主の選び方だった。まあ、親の能力を受け継いだ子どもが同じように優秀なのはよくあることで、自然と子どもが継ぐことになるのもよくあることだ。
「重嗣は当主候補になったんだって」
「技合わせの無差別の部で勝ち残りましたので」
ふーん、強いんだ、と呟く成人の口に、火の消えた鍋から出して冷ました豆腐を放り込む。口の塞がった成人の代わりに乙羽が口を開いた。
「女の人も、当主候補になるの?」
「優秀であれば。今まで女当主の例はありませんが」
「そうねえ。やっぱりどうしても、体格や力が劣るものね。毎月、不調の数日もあるし……」
「そうですね。性別でどうこう言うことはありませんが、女筆頭は結局は、当主の伴侶となることが多いですね」
「あら。そうなの」
「ええ。余程相性が悪くなければ。当主の仕事を手伝ってもらうのですから、優秀な者でないと務まりませんし」
「ふーん……」
乙羽は、常陸丸が口元に差し出した煮物を一旦断った。
「ね、村次って強かった?」
「そうですね。……誰もが次の当主は村次だと思うくらいには」
ふ、と荘重が珍しく感情を滲ませて、泣き笑いのような表情をする。すぐに、いつもの笑顔に戻ったが、心のうちを垣間見れた気がした。期待の孫の怪我は、淡々として見えるこの男にも、多くの心労をもたらしていたに違いない。
「うふふ。なる。私、分かっちゃった」
何となくしんみりとした気分でいると、乙羽の明るい声が響いた。
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