【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

63 鼓与のなりたいもの 5  成人

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 納得いかない顔の重嗣しげつぐが、力丸りきまるを睨んでいる。今、力丸りきまる、すごい良いこと言ったのになあ。
 できないことをできないって認めるのは、すごく悲しい。俺はまだ、左手の薬指に結婚指輪を嵌めたい。できないんだって知ってるけど、でも、左手が戻ってきてほしいって思ってしまう。

「もう、村次むらつぐの足は、どうしても元通りには動かないんだよ。それこそ、さ。大きくなったらこうなりたい、って思ってたことが何かあったとして、多分それはできなくなったじゃん?それを、さ。時間をかけて全部飲み込んで、そんでああやって笑ってるんだから、あいつは凄い奴だ。俺の、俺たちの自慢の友達だ。腑抜けてなんていない」

 俺は、お話を聞きながら、ずずっと鼓与ことの淹れてくれたお茶を飲む。いい感じに冷めた。美味しい。
 あ、そうだ。村次むらつぐは。

村次むらつぐは、広末ひろすえみたいな料理人になりたいって言ってた」

 そうか。
 これが、なりたいもの。村次むらつぐのなりたいもの。
 
力丸りきまるは?」
「ん?俺のなりたいものか?」
「うん。秘密?」

 鼓与ことは、秘密って言ったから、これはあまり、聞くものじゃないのかな?

「いや、秘密じゃない。俺は小さい頃からずっと、兄上より強い男になりたいって思ってるよ」

 そうか。
 常陸丸ひたちまるより強い男になりたいのか。
 うんうんと頷く。

「いい」
「だろ?」

 いつか超えられる日を目指して、力丸りきまるは鍛練するんだなあ。

「その人が、急に怪我をして自分より弱くなってしまったらどうするんです?」
「そうだな……。誰にも負けない男になる、かな」
「は?」
「それで、強いなって言われたら、こう言うんだ。兄上は、俺より強かったって。そうしたら、怪我をしたって兄上は、誰にも負けない」
「…………馬鹿馬鹿しい」

 急に怪我をして、自分より弱くなった人。

重嗣しげつぐは、村次むらつぐより強い男になりたかった?」
「馬鹿なこと言わないでください。あんなのより強い人なんて、たくさんいます」

 あれ?違った?

「ごめん。間違えた」
「…………」

 落ち込んでいると、力丸りきまるが俺のお腹を支えている手で、ぽんぽんと優しくなだめてくれた。多分、間違えてない、と耳元で囁く。
 
鼓与ことちゃんも村次むらつぐもさ、お前が勝手に憧れて好きになった相手だろ?その相手の努力の向きが変わったからって、お前に責める権利は無いんだよ」
 
 鼓与ことは、鼓与ことのなりたいものになるために頑張ってる。村次むらつぐは、広末ひろすえみたいな料理人になるために頑張ってる。

重嗣しげつぐは?」

 重嗣しげつぐは、俺をじろっと睨んだ。

重嗣しげつぐのなりたいものは?」
「当主に……。いや、俺は……」

 重嗣しげつぐは、何か言いかけて、やめて、頭を下げて出ていった。
 秘密……なのかな?

鼓与ことちゃんのなりたいものが知りたいなら、また来い」

 力丸りきまるが、その背中に声をかける。

「側にいたら、分かるかもしれないだろ?」

 走り去っていったから、力丸りきまるが、お前にとって知りたくないことかもしんねえけど、って言ったのは重嗣しげつぐには聞こえなかっただろう。
 秘密は、秘密のままがいいってこと?
 俺には、難しい。
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