【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

62 鼓与のなりたいもの 4  成人

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「ごめん。今食べた。置いててくれて、ありがとう」
「いや、まあ、半助はんすけさんがいなくて忙しかったんだろうけど」
「朝寝坊って久しぶりだわ。飯、旨かった」

 ふふん、と村次むらつぐが笑う。

「当たり前」
「俺も。ミックスジュース美味しかったー」
「あ、ほんとに?」

 俺の言葉に、ぱっと笑顔を向けてくれる。

「うん。いつもとおんなじで、美味しかった」
「よっしゃ」

 嬉しそうな村次むらつぐ。にこにこと笑う鼓与こと。口を開けて、ぽかんとしている重嗣しげつぐ

「あ、重嗣しげつぐ、久しぶりだな。そのお茶、飲まねえの?もらっていい?」
「む、村次むらつぐ、さん……」
「ん?何?鼓与ことの淹れるお茶は旨いぞ?」

 鼓与ことが真っ赤になってうつ向いた。
 うふふ。俺、知ってる。大好きな人の言葉が嬉しい時、顔や耳が赤くなるよね。
 ん?あれ?
 じゃ、鼓与ことは、村次むらつぐが大好きなのか。
 俺も村次むらつぐのこと、好きー。一緒だ。

「俺、俺は……。次期当主候補に入りました」
「おお、おめでとう。もう、そんな時期か」
「…………」

 村次むらつぐは軽く言って、湯飲みを持ち上げる。

つぐさま、温かいのをお淹れしますよ?」
「うん。じゃ、それも貰う」

 二人は、話しながら厨房の奥へと歩いていってしまった。

「腑抜けやがって」

 重嗣しげつぐは、拳を握りしめて、ぽそっと呟いた。
 ふぬけって何だろ?

「別に、腑抜けてはいねえよ?」

 力丸りきまるが、控えめに声をかける。はっとした重嗣しげつぐが、頭を下げて出ていこうとした。

「親友を悪く言われるのは、気分が悪い。村次むらつぐは腑抜けていない」
「あなたには関係がない」
「関係あるよ。親友のことだぜ?やりたいことを見つけて頑張っているあいつを悪く言われて、黙ってられるほど大人じゃない」

 ふぬけって良くない言葉みたいだな。

「はっ。あんなへらへらして、緊張感の欠片もない男、もう俺には関係ない。鼓与こと鼓与ことだ。もはや一族の仕事ができなくなった者など、放っておけばいいのに」
「お前が家の仕事に誇りを持つのはいい。けど、その仕事ができない奴を見下すのは違う」
「武門の者が体を壊したらもう、生きてる価値は無いでしょう?あんただって分かる筈だ」
「分かんねえ。自分のできることをして生きていきゃいい。もともと武門の家に生まれたからって、向いてないと思えばしなくてもいい」
「そんな、そんな選択肢は……」
「あるだろ?勝ち取った人を俺は知ってる。尊敬してる」
水瀬みなせ……あんな、出来損ない……。鼓与ことは違う。鼓与ことは、仕事に誇りを持っていた。誰より真剣に修行をしていた。そんな鼓与ことを俺は……。なのに、何で?何で技合わせにも出ず、こんなところでお茶を淹れてる?しかも、役立たずの側で……」

 はあ、と力丸りきまるは溜め息を吐いた。

「この離宮いえで働くのって、希望者多くて大変なんだぞ?住み込みなんて、ほんとにすごい競争率なんだからな。それを、学校出てすぐの鼓与ことちゃんが勝ち取ってるって、物凄いことなんだ。努力の賜物だよ。住み込みだって、まだ子どもだからって言われただけなら、すぐに認められるさ。だって、鼓与ことちゃんの仕事ぶりは認められてるってことなんだから。村次むらつぐだってそうだ。ここにずっと居ていいと認められるなんて、どこの職場で働くより大変なんだからな。あいつの努力は、俺たちがずっと見てきた」

 力丸りきまるが俺を見る。。そうだ。俺たちはずっと、村次むらつぐが頑張ってるのを見ているよ。
 俺は、うんうんと頷いた。

「できないことを数えてる暇があるなら、できることを精一杯やった方がいいと思わないか?」
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