398 / 1,321
第五章 それは日々の話
48 仕事の時間 三郎
しおりを挟む
離宮の中の殿下の執務室に、斎さんの仕事用の机が置いてある。斎さんは一日中そこにいて、緋色殿下の適当なメモ書きを正式な書類の形にしたり、殿下宛に届いた書類を読んで仕分けしたり、提出する前の書類の最終確認をしたりしている。
斎さんの机の前に置いてある椅子は、背中をすっぽりと覆えるような背もたれのついた物で、殿下の椅子より立派なくらいだった。
時々、こてっともたれ掛かって目を閉じている。しっかりと体を包み込める上等な品物なんやろう。成人さまが食堂で使用している座椅子の背もたれとよく似ていた。
主の出掛けた執務室の扉を、とんとんと叩く。返事が無い。そういえば、先ほどの見送りの時に斎さんの姿は無かったし、朝食の席でも見た覚えがない。
全員が見送らなければいけない、という決まりがあるわけでもないし、なんなら殿下は、見送りや迎えはいらんぞ、と言うてはる。それでも皆、時間の都合がつく限り自主的に、いってらっしゃいませ、と言いに行くのだ。今日のように、にっこり笑って駄々をこねる背中を押したりもする。
ここは、ええとこやな。
今朝の様子を思い出すと、改めてそんなことを思ってしまう。
斎さんは、覚えている限りいつも、にこにこと笑って出かける人を見送っていた。殿下が出かけなくても、力丸さまや半助、生松先生や睦峯先生、その他にも、この離宮に住んでいて、外の仕事に出る人を、自分の仕事が始まる時間までの間、にこにこと玄関で見送っていた気がする。私は、自分の準備に精一杯で、見送りをする余裕なんて、そうそう無かったんやけど。
返事が無いけど、仕事の時間やから扉を開ける。扉を叩いて返事を聞いてから入ること、と教えてもらった後、返事が無い部屋の前でずっと待っていたら、仕事の時間になったら返事が無くても入りなさい、と言われたから。一つ一つのことがとても難しい。きっと、誰もが簡単にできるようなことが私にはできていないんやろな、と思うけど、それが何かも分からない。
成人も似たようなことするよな、と力丸さまが言って笑っていた。
自分だけやないことに、ほっとしたことを覚えている。
「失礼します」
と入った執務室には、やっぱり斎さんは居て、こてっと椅子にもたれて目を閉じていた。
青白い顔色に、声をかけていいのかどうか戸惑う。けど、声をかけないと、今日の仕事が分からない。こういう時は、声をかけていいはず、と考える。ああ、この離宮に住み始めてから私の頭は、それまでの十八年で使ったよりもっと動いとるなあ、という気がする。たくさんした勉強が、何の役にも立っていない気がして、それはちょっと虚しかった。
「あの、斎さん?時間ですけど……」
斎さんの机の前に置いてある椅子は、背中をすっぽりと覆えるような背もたれのついた物で、殿下の椅子より立派なくらいだった。
時々、こてっともたれ掛かって目を閉じている。しっかりと体を包み込める上等な品物なんやろう。成人さまが食堂で使用している座椅子の背もたれとよく似ていた。
主の出掛けた執務室の扉を、とんとんと叩く。返事が無い。そういえば、先ほどの見送りの時に斎さんの姿は無かったし、朝食の席でも見た覚えがない。
全員が見送らなければいけない、という決まりがあるわけでもないし、なんなら殿下は、見送りや迎えはいらんぞ、と言うてはる。それでも皆、時間の都合がつく限り自主的に、いってらっしゃいませ、と言いに行くのだ。今日のように、にっこり笑って駄々をこねる背中を押したりもする。
ここは、ええとこやな。
今朝の様子を思い出すと、改めてそんなことを思ってしまう。
斎さんは、覚えている限りいつも、にこにこと笑って出かける人を見送っていた。殿下が出かけなくても、力丸さまや半助、生松先生や睦峯先生、その他にも、この離宮に住んでいて、外の仕事に出る人を、自分の仕事が始まる時間までの間、にこにこと玄関で見送っていた気がする。私は、自分の準備に精一杯で、見送りをする余裕なんて、そうそう無かったんやけど。
返事が無いけど、仕事の時間やから扉を開ける。扉を叩いて返事を聞いてから入ること、と教えてもらった後、返事が無い部屋の前でずっと待っていたら、仕事の時間になったら返事が無くても入りなさい、と言われたから。一つ一つのことがとても難しい。きっと、誰もが簡単にできるようなことが私にはできていないんやろな、と思うけど、それが何かも分からない。
成人も似たようなことするよな、と力丸さまが言って笑っていた。
自分だけやないことに、ほっとしたことを覚えている。
「失礼します」
と入った執務室には、やっぱり斎さんは居て、こてっと椅子にもたれて目を閉じていた。
青白い顔色に、声をかけていいのかどうか戸惑う。けど、声をかけないと、今日の仕事が分からない。こういう時は、声をかけていいはず、と考える。ああ、この離宮に住み始めてから私の頭は、それまでの十八年で使ったよりもっと動いとるなあ、という気がする。たくさんした勉強が、何の役にも立っていない気がして、それはちょっと虚しかった。
「あの、斎さん?時間ですけど……」
462
お気に入りに追加
4,981
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完】ちょっと前まで可愛い後輩だったじゃん!!
福の島
BL
家族で異世界転生して早5年、なんか巡り人とか言う大層な役目を貰った俺たち家族だったけど、2人の姉兄はそれぞれ旦那とお幸せらしい。
まぁ、俺と言えば王様の進めに従って貴族学校に通っていた。
優しい先輩に慕ってくれる可愛い後輩…まぁ順風満帆…ってやつ…
だったなぁ…この前までは。
結婚を前提に…なんて…急すぎるだろ!!なんでアイツ…よりによって俺に…!??
前作短編『ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活』に登場する優馬の続編です。
今作だけでも楽しめるように書きますが、こちらもよろしくお願いします。
【完結】塔の悪魔の花嫁
かずえ
BL
国の都の外れの塔には悪魔が封じられていて、王族の血筋の生贄を望んだ。王族の娘を1人、塔に住まわすこと。それは、四百年も続くイズモ王国の決まり事。期限は無い。すぐに出ても良いし、ずっと住んでも良い。必ず一人、悪魔の話し相手がいれば。
時の王妃は娘を差し出すことを拒み、王の側妃が生んだ子を女装させて塔へ放り込んだ。
【完結】狼獣人が俺を離してくれません。
福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。
俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。
今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。
…どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった…
訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者
NLカプ含む脇カプもあります。
人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。
このお話の獣人は人に近い方の獣人です。
全体的にフワッとしています。
追放されたボク、もう怒りました…
猫いちご
BL
頑張って働いた。
5歳の時、聖女とか言われて神殿に無理矢理入れられて…早8年。虐められても、たくさんの暴力・暴言に耐えて大人しく従っていた。
でもある日…突然追放された。
いつも通り祈っていたボクに、
「新しい聖女を我々は手に入れた!」
「無能なお前はもう要らん! 今すぐ出ていけ!!」
と言ってきた。もう嫌だ。
そんなボク、リオが追放されてタラシスキルで周り(主にレオナード)を翻弄しながら冒険して行く話です。
世界観は魔法あり、魔物あり、精霊ありな感じです!
主人公は最初不遇です。
更新は不定期です。(*- -)(*_ _)ペコリ
誤字・脱字報告お願いします!
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活
福の島
BL
家でゴロゴロしてたら、姉と弟と異世界転生なんてよくある話なのか…?
しかも家ごと敷地までも……
まぁ異世界転生したらしたで…それなりに保護とかしてもらえるらしいし…いっか……
……?
…この世界って男同士で結婚しても良いの…?
緩〜い元男子高生が、ちょっとだけ頑張ったりする話。
人口、男7割女3割。
特段描写はありませんが男性妊娠等もある世界です。
1万字前後の短編予定。
【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。
福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。
そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。
理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。
だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。
なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと…
俺はソイツを貰うことにした。
怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息
弱ざまぁ(?)
1万字短編完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる