【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

37 ごめんなさいと言おう  成人

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 もうっ。生松いくまつは何でこんなことしちゃうんだろ?お布団を動かすなんてびっくりだ。
 俺は、いっぱい泣いてる壱臣いちおみの頭をよしよしした。
 よしよし。半助はんすけがいなくて怖かったよね。半助はんすけも、壱臣いちおみがいなくて不安だったよね。

生松いくまつ、俺はずっと緋色ひいろがいい」

 俺は、生松いくまつに向き直った。しんどいとき、困ってるときは、緋色ひいろに居てほしい。緋色ひいろじゃないと嫌なんだ。

「他の人のとこで泣くのやだ」

 だから、絶対、俺の布団を別のとこに置かないでね。

「そう、ですか……」
「うん。お布団、戻して」
「……すみません」

 うん、いいよ。もうしないよね。

「もう今日は、半助はんすけのベッドで二人で寝ろ。感染うつる病気じゃないんだろ?」

 緋色ひいろが言って、壱臣いちおみ半助はんすけがよろよろとベッドから下りようとした。部屋に帰っていっぱい寝てね。
 あ、でも。

「待って」

 俺は、ベッドの上で真っ青な顔をしている三郎さぶろうを見た。こんな顔をしている人を戦場で見ていた。俺が吹っ飛ばされた頃の、帝国の上官たちは皆、こんな顔をしていた。これは、どんな気持ち?きっと、良くない気持ち。

三郎さぶろう。ごめんなさい、は?」
「え……?」

 三郎さぶろうは、のろのろと俺の方へ顔を向ける。言葉が頭に届いていない。
 良くないこと、したんだよね?壱臣いちおみが泣いてるの、三郎さぶろうが何かしたからって言ってたよね?
 じゃあ、ごめんなさいって言わないといけないんじゃない?それを言わないと、お互いに終われない。
 俺はいつも力丸りきまると、ごめんなさいって言い合っている。何で謝ったのか謝られたのか、全然覚えてないけど、何かむかむかしたり、嫌だったりする気持ちが、ごめんなさい、いいよって言い合うことで無くなるから、三郎さぶろうも言えばいいと思う。
 さっき生松いくまつも、すみませんって言った。俺がいいよって言って終わったよ。
 俺は力丸りきまるを見る。何だか元気がないね。眠い?

力丸りきまる。ごめんなさいしたらまた、仲良しになるよね?」
「……ああ。そうだな」
「ほら。三郎さぶろう壱臣いちおみに、ごめんなさいってしよ」
「わた、わたしのしたことは、そんな、そんな言葉で……」
「言うんだよ。ごめんなさいって。そしたら大丈夫だから……」
「誰か……誰か、わたしをころしてください……。わたしは、壱臣いちおみさまに、取り返しのつかない傷を……」
「そんな……」

 呟いたのは、生松いくまつだった。

「私は、半助はんすけ壱臣いちおみさんの不調を治そうとして、三郎さぶろうにこんな言葉を……言わせて……。すみません。大局を見ずに、ただ真実を知ろうと……」

 ずかずかと部屋に入ってきたのは、じいじだった。生松いくまつを子どものように抱き上げる。
 うわ、と生松いくまつが首にしがみついたのを見て、わはは、と笑った。

「いいか、生松いくまつ。人にはな、譲れないたった一人が大抵おるんだ。小さな頃は親。親から離れたら、心を通わせた誰か。寄り添える人を見つける。その二人を離してはいかんのよ。何をするにも、そこを忘れるな」
「すみません……。私は……」
「分からんのだろ?まずは儂に甘えてみろ。生松いくまつは、ちゃんと謝れて偉い。皆の治療を頑張って偉い。ほれ、三郎さぶろう、死ぬ前にまずは謝れ。お前の兄は、どんな男か知っておるだろう?」
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