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第四章 西からの迷い人
106 うたかたの夢 4 綾女
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お父さまは違う屋敷に住んで、城に通ってくるだけやから、壱臣を処分するんが大変なんかもしれん。私がやろう、とあの手この手を講じた。
毒を盛ったり、嫌がらせで髪を切らないといけないように仕向けたり。毒ですぐに殺すことはできんかったけど、髪を伸ばせないようにする嫌がらせはよう効いた。あれは、公の場に顔を出せんくなって姿を隠したのだ。自分の手腕に惚れ惚れした。
さぞかしお父さまに褒められるかと思うたのに、余計なことはするなと言われて不満は募る。あれがおったら、一二三が跡取りになれんやないの。
あれが、成人して継承権を放棄し城を出たと聞いて、すぐに追っ手を向けた。これで、何もかも良うなった。私はお父さまの期待に応えられたことやろう。
一二三への次期当主指名を待っていたら、私の嫌いな男は、あれと全く同じ顔の甥を連れてきて、これが次期当主だなどと言う。
呆れてものも言えない。
ここに、あなたの子がいるのに、甥っ子やて?
皇都への挨拶も、第二皇子の結婚式もその甥っ子が次期当主として出席すると言うのを聞いては、黙っていられない。
抗議を兼ねて、お父さまの指示通り皇都へ向かってみれば、甥っ子は実はあれの双子の弟やなどと言ってくる。殺したはずのあれまで生きており、二人並ぶと、髪の長さも醸し出す雰囲気も違うのに、顔の造作は瓜二つ。一二三が九鬼の子でないことまでくっきりと分かってしまう。
礼を尽くせと教え込まれていたから我慢したが、緋色殿下に受けた無礼な扱いはどうにも納得がいかんかった。
お父さまに言いつけてやる、と思っても宿から出られず四日。やっと城に帰ったと思うたらこの仕打ちや。この城にお父さまとおったら何の心配もないと思うたのに、お父さまに殺されそうになっている。
「男の子を生んだら、後は好きにしてええて、言うたやないの。」
「九鬼の子を生めば、だ。このあほうが!」
そんなん聞いてない。
そう思っても、お通夜のように座る親族たちが、咎める目付きでこちらを見ている。
何やの?
よくも私にそんな……。
「臣、角、今日は一緒に風呂に入って一緒に寝よう。」
嫌いな男の弾む声。
「はあ?何言うてんの?子どもやないんやから。」
「え?うちは……、その、ええよ?」
双子のそっくりな声が、それぞれ返事をする。賑やかに紡がれる会話。
家族の団欒?虫唾が走る。
けど……。
私を睨む、たくさんの目。
負の感情しか感じない、親族や、八朔の子飼いの家臣たち。
あれだけ持ち上げ、私こそが八朔家の誇りやと言うてたくせに。
隣からずっと感じる殺気。
なんで?お父さまの言う通りにしたやないの。綺麗な私のことを欲しい男なんてようけおったのに、あんな冷たい顔の男の隣に二十年近くもいてあげたやないの。
誰も彼もが私を睨んでいる。冷たく尖った眼差しで。
違う。
私はこんな目で見られていいような人間やない。
見回しても、使用人達からすら、冷たい視線が返ってくる。
ふっと浮かんだのは、くるりと大きな二重の目。
母上、と言いながら、にこりと無邪気に笑うその目は、いつも私への好意に溢れていた。
そうや、ただ一人、その目は。
置いてきたのに、きょろきょろと探してしまう。
「三郎も、一緒に風呂に入ろか?一緒に寝るか?」
嫌いな男はまだ、はしゃいでいるらしい。ああ、耳障りなこと。
「いえ、私は、その……。」
控え目に答えた声に目をみはる。まさか?
短い艶のない髪。
黒い軍服。
申し訳なさそうに縮こまる平凡な男。
「一二三……?」
私の呟きは誰も拾わず、
「嫌か?今日は四人でずっといたいんやけど、あかんか?」
明るい男の声にかき消されていく。
「ああ、嬉しいな。皆、生きとった。……悪夢は、終わったんや。」
悪夢、とあなたは言うんやね。
豪奢な着物を身に纏い、美味しい物を食べ、欲しいものは何でも手に入れた。誰もが私を褒め称えた。
楽しい年月……。
今、好意のある視線を一つも感じない。そう、ただのひとつも。
泣き笑いの顔ではしゃぐあなたの悪夢は。
私にはまるで、うたかたの夢……。
毒を盛ったり、嫌がらせで髪を切らないといけないように仕向けたり。毒ですぐに殺すことはできんかったけど、髪を伸ばせないようにする嫌がらせはよう効いた。あれは、公の場に顔を出せんくなって姿を隠したのだ。自分の手腕に惚れ惚れした。
さぞかしお父さまに褒められるかと思うたのに、余計なことはするなと言われて不満は募る。あれがおったら、一二三が跡取りになれんやないの。
あれが、成人して継承権を放棄し城を出たと聞いて、すぐに追っ手を向けた。これで、何もかも良うなった。私はお父さまの期待に応えられたことやろう。
一二三への次期当主指名を待っていたら、私の嫌いな男は、あれと全く同じ顔の甥を連れてきて、これが次期当主だなどと言う。
呆れてものも言えない。
ここに、あなたの子がいるのに、甥っ子やて?
皇都への挨拶も、第二皇子の結婚式もその甥っ子が次期当主として出席すると言うのを聞いては、黙っていられない。
抗議を兼ねて、お父さまの指示通り皇都へ向かってみれば、甥っ子は実はあれの双子の弟やなどと言ってくる。殺したはずのあれまで生きており、二人並ぶと、髪の長さも醸し出す雰囲気も違うのに、顔の造作は瓜二つ。一二三が九鬼の子でないことまでくっきりと分かってしまう。
礼を尽くせと教え込まれていたから我慢したが、緋色殿下に受けた無礼な扱いはどうにも納得がいかんかった。
お父さまに言いつけてやる、と思っても宿から出られず四日。やっと城に帰ったと思うたらこの仕打ちや。この城にお父さまとおったら何の心配もないと思うたのに、お父さまに殺されそうになっている。
「男の子を生んだら、後は好きにしてええて、言うたやないの。」
「九鬼の子を生めば、だ。このあほうが!」
そんなん聞いてない。
そう思っても、お通夜のように座る親族たちが、咎める目付きでこちらを見ている。
何やの?
よくも私にそんな……。
「臣、角、今日は一緒に風呂に入って一緒に寝よう。」
嫌いな男の弾む声。
「はあ?何言うてんの?子どもやないんやから。」
「え?うちは……、その、ええよ?」
双子のそっくりな声が、それぞれ返事をする。賑やかに紡がれる会話。
家族の団欒?虫唾が走る。
けど……。
私を睨む、たくさんの目。
負の感情しか感じない、親族や、八朔の子飼いの家臣たち。
あれだけ持ち上げ、私こそが八朔家の誇りやと言うてたくせに。
隣からずっと感じる殺気。
なんで?お父さまの言う通りにしたやないの。綺麗な私のことを欲しい男なんてようけおったのに、あんな冷たい顔の男の隣に二十年近くもいてあげたやないの。
誰も彼もが私を睨んでいる。冷たく尖った眼差しで。
違う。
私はこんな目で見られていいような人間やない。
見回しても、使用人達からすら、冷たい視線が返ってくる。
ふっと浮かんだのは、くるりと大きな二重の目。
母上、と言いながら、にこりと無邪気に笑うその目は、いつも私への好意に溢れていた。
そうや、ただ一人、その目は。
置いてきたのに、きょろきょろと探してしまう。
「三郎も、一緒に風呂に入ろか?一緒に寝るか?」
嫌いな男はまだ、はしゃいでいるらしい。ああ、耳障りなこと。
「いえ、私は、その……。」
控え目に答えた声に目をみはる。まさか?
短い艶のない髪。
黒い軍服。
申し訳なさそうに縮こまる平凡な男。
「一二三……?」
私の呟きは誰も拾わず、
「嫌か?今日は四人でずっといたいんやけど、あかんか?」
明るい男の声にかき消されていく。
「ああ、嬉しいな。皆、生きとった。……悪夢は、終わったんや。」
悪夢、とあなたは言うんやね。
豪奢な着物を身に纏い、美味しい物を食べ、欲しいものは何でも手に入れた。誰もが私を褒め称えた。
楽しい年月……。
今、好意のある視線を一つも感じない。そう、ただのひとつも。
泣き笑いの顔ではしゃぐあなたの悪夢は。
私にはまるで、うたかたの夢……。
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