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第三章 幸せの行方
73 力丸 10
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三人で大笑いしながら金魚を見ていたら、いつの間にか座卓に食べ物が置かれていた。
「少し早いけど、おやつにしましょう。歩いてきたから、喉も渇いたでしょ?」
見たこともない食べ物が、上品な硝子の器に盛られている。成人が、大喜びで床に座り込んだ。
「アイスクリーム、食べる!」
成人が食べられるような物なのか。俺が見たこと無いおやつなのに?
「あいすくりーむって言うの?初めて見たわ。」
義姉上も知らないらしい。まじまじと眺めていると、
「早く食べないと溶けちゃうわよ。」
と皇妃殿下の声がした。成人が、いただきます、と言って口に入れる。美味しそう。俺と義姉上も、いただきます、と挨拶をして、ほんの少し掬って口に入れた。
「冷たい。」
「うまっ。」
「美味しいー。」
義姉上と俺と成人の声が重なる。
うわ、こんなの食べたことない。冷たいのが口で溶けて、甘いのが広がるなんて、美味しすぎるだろー。
絶対、成人の好きな物だな。好みのど真ん中だ。見ると、ちまと口に入れて口を閉じて、んー、と目を瞑ってこくんと飲んだら、にひゃと笑っている。
うん。
可愛いな。
思わず、そちらばかり見てしまう。
それにしても、美味しいな。
「常陸丸さんも、アイスクリームは大好きでね。初めて食べたときに、うまっ、て言ったのよ。おんなじ顔で。」
くすくすと笑いながら皇妃殿下がおっしゃったので、思い出した。
「小さい頃に兄上が、この世で一番美味しい物は、アイスクリームだ、って言ってたような。」
「私も、聞いたことあるわ。」
義姉上も?
「でも、いつからか言わなくなったね。」
「そうだな。」
「きっと、内緒のおやつって私が言ったからね。晩餐会でしか食べられないから、知ってる人はあまりいないのよって。聡い子だから、話しちゃいけないと思ったのかも。そこまで、気にしなくていいのにね。」
「兄上らしいですね。」
「……常陸丸さんには、小さい頃から緋色がお世話になって、申し訳なかったわ。子どもなのに、ずっと緋色の側に仕えるように強要されて。あの子がね、学校に護衛を連れていくのを嫌がったの。他の子は連れていないから、自分もいらないって。でもね、侍従は仕方ないにしても、護衛を置かない訳にはいかなくて。たまたま同級生に、大人より強い子どもがいると聞いて、側にいてもらうようにお願いしたの。力丸さんからも、お兄さんを奪ってしまって、ごめんなさいね。」
「いや、兄上は、殿下と普通に仲良しだと思いますよ。殿下はしょっちゅう、うちにいたから、俺は兄が二人いたみたいなもので。あの、おそれ多いですけど…。義姉上もいたし、にぎやかでした。」
「そう……。ありがとうね。この部屋にも、たまに来てくれて、その時にはアイスクリームを食べてご機嫌だったわ。」
「役得ですね。」
皇妃殿下は、何だかほっとしたように見えた。気にされるようなことは、何も無いのに。
「緋色は、甘いものがあまり好きではなくて、いつも常陸丸さんが二つ食べてたの。力丸さんも、おかわりする?」
「……食べます。」
静かだと思ったら、成人が舟を漕いでいた。あと一口がとろとろと硝子の器の中で溶けていく。傾く頭に手を出そうとしたら、ぺしり、と叩かれた。荘重さまが、いつの間にか成人を支えている。
「触れるな、との約束ですよ。廊下では見逃しましたが、忘れないように。」
アイスクリームを食べたからではなく、腹の底が冷えた。
「少し早いけど、おやつにしましょう。歩いてきたから、喉も渇いたでしょ?」
見たこともない食べ物が、上品な硝子の器に盛られている。成人が、大喜びで床に座り込んだ。
「アイスクリーム、食べる!」
成人が食べられるような物なのか。俺が見たこと無いおやつなのに?
「あいすくりーむって言うの?初めて見たわ。」
義姉上も知らないらしい。まじまじと眺めていると、
「早く食べないと溶けちゃうわよ。」
と皇妃殿下の声がした。成人が、いただきます、と言って口に入れる。美味しそう。俺と義姉上も、いただきます、と挨拶をして、ほんの少し掬って口に入れた。
「冷たい。」
「うまっ。」
「美味しいー。」
義姉上と俺と成人の声が重なる。
うわ、こんなの食べたことない。冷たいのが口で溶けて、甘いのが広がるなんて、美味しすぎるだろー。
絶対、成人の好きな物だな。好みのど真ん中だ。見ると、ちまと口に入れて口を閉じて、んー、と目を瞑ってこくんと飲んだら、にひゃと笑っている。
うん。
可愛いな。
思わず、そちらばかり見てしまう。
それにしても、美味しいな。
「常陸丸さんも、アイスクリームは大好きでね。初めて食べたときに、うまっ、て言ったのよ。おんなじ顔で。」
くすくすと笑いながら皇妃殿下がおっしゃったので、思い出した。
「小さい頃に兄上が、この世で一番美味しい物は、アイスクリームだ、って言ってたような。」
「私も、聞いたことあるわ。」
義姉上も?
「でも、いつからか言わなくなったね。」
「そうだな。」
「きっと、内緒のおやつって私が言ったからね。晩餐会でしか食べられないから、知ってる人はあまりいないのよって。聡い子だから、話しちゃいけないと思ったのかも。そこまで、気にしなくていいのにね。」
「兄上らしいですね。」
「……常陸丸さんには、小さい頃から緋色がお世話になって、申し訳なかったわ。子どもなのに、ずっと緋色の側に仕えるように強要されて。あの子がね、学校に護衛を連れていくのを嫌がったの。他の子は連れていないから、自分もいらないって。でもね、侍従は仕方ないにしても、護衛を置かない訳にはいかなくて。たまたま同級生に、大人より強い子どもがいると聞いて、側にいてもらうようにお願いしたの。力丸さんからも、お兄さんを奪ってしまって、ごめんなさいね。」
「いや、兄上は、殿下と普通に仲良しだと思いますよ。殿下はしょっちゅう、うちにいたから、俺は兄が二人いたみたいなもので。あの、おそれ多いですけど…。義姉上もいたし、にぎやかでした。」
「そう……。ありがとうね。この部屋にも、たまに来てくれて、その時にはアイスクリームを食べてご機嫌だったわ。」
「役得ですね。」
皇妃殿下は、何だかほっとしたように見えた。気にされるようなことは、何も無いのに。
「緋色は、甘いものがあまり好きではなくて、いつも常陸丸さんが二つ食べてたの。力丸さんも、おかわりする?」
「……食べます。」
静かだと思ったら、成人が舟を漕いでいた。あと一口がとろとろと硝子の器の中で溶けていく。傾く頭に手を出そうとしたら、ぺしり、と叩かれた。荘重さまが、いつの間にか成人を支えている。
「触れるな、との約束ですよ。廊下では見逃しましたが、忘れないように。」
アイスクリームを食べたからではなく、腹の底が冷えた。
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