【完結】人形と皇子

第二章 人として生きる

70 成人 35

　目が覚めたら、知らない部屋で知らないベッドの上だった。
　緋色ひいろがいない。

「緋色ひいろ？」

　側にいないのが嫌で、呼んでみる。

「成人なるひと、起きましたか」

　生松いくまつなんて呼んでない。

「緋色ひいろ」
「殿下は今、お出かけしています」

　置いていかれた？　俺も行くって言ったのに。
　俺も行くって言ったのに！
　むかむかしてベッドから下りる。いきなり立ち上がったからか、ふらふらして座り込んでしまった。

「成人なるひと、急に動くと危ないです。ちゃんと自分の体の声を聞いて、動けるかどうか相談してから動いてください。今は、動けないって言ってる筈です」

　うるさい。体から声なんてするもんか！
　俺は生松いくまつを睨みながら立ち上がる。
　どこも怪我なんてしてないし、熱も無い。ほら、大丈夫じゃん。
　扉を探してそちらに歩いていると、生松いくまつに抱き止められた。

「駄目です」

　吹っ飛ばしてしまおうかと体に力を込めると、生松いくまつの手に注射器が握られているのが見えた。

「こちらも本気です。でも、力では負ける。これしかないけれど、使いたくありません。成人なるひと、お願いします。聞き分けて欲しい」

　注射は嫌。薬も嫌い。生松いくまつも大嫌い。
　込めていた力を抜くと、立っているのも難しかった。生松いくまつごと、ぺたんと座り込む。
　いらいらして、むかむかして、もう何もかもが嫌で嫌で、涙が出てきた。

「ありがとうございます、成人なるひと。ジュースあげますから、ベッドに戻りましょうね」

　生松いくまつが注射器を片付けて、俺をひょいと抱き上げる。触るなって言いたいけど、動くのもやだ。

「相変わらず、軽い」

　心配そうに生松いくまつが言って、ミックスジュースを渡してくれた。いつもと色が違う。
　鼻をぐすぐす啜りながらストローを吸った。全然、口に来ない。コップを傾けて口に入れる。ドロンと口に入ってきて、何だか気持ち悪かった。喉を通らずにむせる。甘すぎて美味しくない。
　むせている俺の背中を撫でてくれる生松いくまつに黙ってコップを返した。
　
「飲まないのですか？」
「水」

　口直しに水をもらって飲んだ。もうやだ。
　布団を頭までかぶって丸くなる。また涙が出てきた。

「成人なるひと、ご飯は？」

　いらない！