【完結】人形と皇子

第二章 人として生きる

45 力丸 1

　成人なるひとは、当たり前って顔で頷いた。
　人を殺したんだ、こいつ。そう思うと、途端に成人なるひとのことが恐ろしくなる。
　戦争から帰ってきた兄上も、恐ろしかった。優しい、暖かい日だまりのような兄上。戦場から帰って久しぶりに会ったら、まったく違っていた。気の抜けない戦場で研ぎ澄まされた感覚がその気配を変えていたのだろうか。
　緋色ひいろ殿下は戦場に行く前からちょっと恐い人だったけれど、更に魔王みたいになった。穏やかな生松いくまつ先生でさえ、時々恐ろしくなる時がある。
　戦場は、どんなところだったのか。
　成人なるひとは、今まで一度も恐くなかった。出会った時も、俺より小さいのに同じくらい速い奴がいて驚いただけだ。
　俺は、速さには自信がある。速さだけなら、最強の九条さまにも兄上にも負けない。そのうち、この速さを生かしてあの二人に勝ちたい、と思って鍛えてきた。学校で俺に敵う奴なんていなかった。いい勝負する奴もいなかった。ずっと、つまらなかった。褒められても、凄いと言われても、つまらなかった。兄上も九条さまも緋色ひいろ殿下も強すぎて、他のやつらは弱すぎた。
　成人なるひとは、最高にちょうどいい。知り合ってからは楽しくて仕方がない。
　変な奴で、煎餅もかじれないし、海苔も飲み込めない。餅って本当に喉に詰まるんだと知った。ちょっと食べたらすぐに腹がふくれて、夜ご飯が入らなくなって怒られている。
　家族の呼び方を知らないし、自分の年も分からないみたいだ。すぐに甘えて誰にでもくっつく。今も、母上にべったりだ。ちょっと笑ってる？　嬉しいのかな。表情がそんなに動くわけじゃないから分かりにくい。大きい声も出さないし。ってかそんなに喋らない。
　これ言うと緋色ひいろ殿下は、わりと分かりやすいぞ、成人なるひとの考えてること、とか言うんだけど、さっぱりだ。ちっとも喋らないって言ったら、すげー喋るようになったぞ、と兄上に言われた。あれで？
　戦場にいたって言われても、戦場になった場所に住んでたんだと思ってた。ちょっと強くて速かったから生き残れたんだと。
　違う。
　さっき分かった。こいつは兵士だ。人を殺したら駄目って知らなかった。殺してる。一人や二人じゃない。たくさん、たくさん殺して、生き残ったんだ。
　たった半年で兄上を変えた戦場に、三年。今も小さいのに三年前なんて、小学生だよな。小学生から兵士やってんの？
　成人なるひとが恐ろしくなかったのは、戦場が日常だから？そこが生活の場だから、誰かが近くで死んでも人を殺しても何も変わらない。成人なるひとにとっての普通。
　ぞっと冷や汗が流れる。手合わせなんて、俺がどんだけ本気出しても遊びだ。だって、命をかけてない。いつも手を抜かれている感じがしてたけど、俺の本気がぬるかっただけ。
　母上に抱かれてうとうとし始めた成人なるひとを見る。
　幸せそうだなってことは分かった……。