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第二章 人として生きる
36 常陸丸 1
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俺の大事なお姫さまは、とんでもなく美人で、元気で明るくて、ちょっと壊れている。
そりゃもう、突然すとんと人間が生きるための活動を忘れてしまうほどの、壊れっぷりだ。食べない、寝ない、感情をどっかに置いてきてしまう。ここに在るのに、ここにはいない。
好きだ、愛してる、お前が誰よりも大事。
注いでも注いでも零れていってしまう言葉たちは、心は、どこにいってしまったのだろう、と思う時がある。
母上は言った。
届いてる。大丈夫。お前みたいに愛情深いのの相手には、穴があいてるくらいが、丁度良い。
戦争に行かなければならなくなった時には、ぞっとした。戦場が怖い訳じゃない。緋色殿下の護衛の仕事に誇りもある。命に代えても護るし、命に代えずとも護れるくらいの自信もある。俺は強い。
怖いのは、俺を身近に感じなくなった乙羽が消えること。
俺が死んだら、乙羽も生きてはいないんだろう、という気はする。聞いた訳じゃない。誰かに言われた訳でもない。自惚れでもない。それはきっと、ただの事実。
どのくらい離れても大丈夫なのかが分からずに、ぞっとしたのだ。時間を見つけては戦場から手紙を書いた。戦場から出した手紙が届くのかどうかも分からなかったが、返事がくると、生きている、とほっとした。
結婚式の日、珍しく酔った緋色さまが、
「乙羽に常陸丸を返せて良かった……」
と、喉に詰まるような声で言った。
無茶をしたり、訳の分からない危ないものを拾ったりするけれど、根っこはとても優しい人なのだ。この人に仕えることができたことは幸せだった。
穏やかな戦後の日々を、まだ二条家は引っ掻き回す。
葬儀の知らせを、それと分からないようにわざわざ封筒に入れて、差出人も書かずに乙羽に出しやがった。
二条美羽葬儀の知らせという葉書が一枚。『人殺し、二条朱空』と書かれた紙。『この人殺しめ、覚えておれ、二条朱木』と書かれた紙。『お前には人の心が無いのだ、だから姉を殺しても生きていこうなどと思えるのだ、人を殺して罰もなく生きていけるなどと思わないことだ、二条砂羽』と書かれた紙。
乙羽が生まれて初めて家族から受け取った手紙からは、悪意が滴り落ちるようだった。
気付いた時には遅かった。感情をどっかに置いてきてしまい、戻ってこない。二日。そろそろ危険なのに、仕事で側にいられない。緋色さまへの城からの呼び出しに、付いていかない訳にはいかない。
乙羽の預け先に悩んだ末の選択が成人とは、俺もどうかしてる。
城では、赤虎殿下が五条家預かりになって皇家を離れるとか、緋色さまが皇家に戻るとか、どうでもいい話だった。ああ、早く帰りたい。
帰宅して、急いで部屋へと駆けつけてみれば、笑いながら雑炊を食べさせあっている乙羽と成人がいた。
食ってる。喋ってる。
ほっと力が抜けて扉にもたれかかってしまったほどだ。
おかえり、じゃねえよ、馬鹿。ただいま、と言いながら、また痩せた乙羽の体を思い切り抱きしめた。
乙羽も、おかえり。
そりゃもう、突然すとんと人間が生きるための活動を忘れてしまうほどの、壊れっぷりだ。食べない、寝ない、感情をどっかに置いてきてしまう。ここに在るのに、ここにはいない。
好きだ、愛してる、お前が誰よりも大事。
注いでも注いでも零れていってしまう言葉たちは、心は、どこにいってしまったのだろう、と思う時がある。
母上は言った。
届いてる。大丈夫。お前みたいに愛情深いのの相手には、穴があいてるくらいが、丁度良い。
戦争に行かなければならなくなった時には、ぞっとした。戦場が怖い訳じゃない。緋色殿下の護衛の仕事に誇りもある。命に代えても護るし、命に代えずとも護れるくらいの自信もある。俺は強い。
怖いのは、俺を身近に感じなくなった乙羽が消えること。
俺が死んだら、乙羽も生きてはいないんだろう、という気はする。聞いた訳じゃない。誰かに言われた訳でもない。自惚れでもない。それはきっと、ただの事実。
どのくらい離れても大丈夫なのかが分からずに、ぞっとしたのだ。時間を見つけては戦場から手紙を書いた。戦場から出した手紙が届くのかどうかも分からなかったが、返事がくると、生きている、とほっとした。
結婚式の日、珍しく酔った緋色さまが、
「乙羽に常陸丸を返せて良かった……」
と、喉に詰まるような声で言った。
無茶をしたり、訳の分からない危ないものを拾ったりするけれど、根っこはとても優しい人なのだ。この人に仕えることができたことは幸せだった。
穏やかな戦後の日々を、まだ二条家は引っ掻き回す。
葬儀の知らせを、それと分からないようにわざわざ封筒に入れて、差出人も書かずに乙羽に出しやがった。
二条美羽葬儀の知らせという葉書が一枚。『人殺し、二条朱空』と書かれた紙。『この人殺しめ、覚えておれ、二条朱木』と書かれた紙。『お前には人の心が無いのだ、だから姉を殺しても生きていこうなどと思えるのだ、人を殺して罰もなく生きていけるなどと思わないことだ、二条砂羽』と書かれた紙。
乙羽が生まれて初めて家族から受け取った手紙からは、悪意が滴り落ちるようだった。
気付いた時には遅かった。感情をどっかに置いてきてしまい、戻ってこない。二日。そろそろ危険なのに、仕事で側にいられない。緋色さまへの城からの呼び出しに、付いていかない訳にはいかない。
乙羽の預け先に悩んだ末の選択が成人とは、俺もどうかしてる。
城では、赤虎殿下が五条家預かりになって皇家を離れるとか、緋色さまが皇家に戻るとか、どうでもいい話だった。ああ、早く帰りたい。
帰宅して、急いで部屋へと駆けつけてみれば、笑いながら雑炊を食べさせあっている乙羽と成人がいた。
食ってる。喋ってる。
ほっと力が抜けて扉にもたれかかってしまったほどだ。
おかえり、じゃねえよ、馬鹿。ただいま、と言いながら、また痩せた乙羽の体を思い切り抱きしめた。
乙羽も、おかえり。
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