余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

文字の大きさ
上 下
49 / 59

四十九

しおりを挟む
「伊之助さまの元服の話を、飯原いいはら家はどこかから聞いたのでは? おめでとうございます、とでも言われて、ありがとうございますと答えた手前、その際、聞いた日取りに、伊之助さまの元服の儀をしたという体裁を整えなくてはならなくなった」
「それで、呼び出し? それも、その日の早朝に? こんな落書きのようなもので? 訳が分からないな」
「あの、おかしいです」

 伊之助は、嗣治つぐはると左近の会話に口を挟む。飯原家が、伊之助の元服をどこかから聞いたなんておかしい。だって先生は。

「先生は、定期的に飯原の家にふみを送っている、と言っていました。私のことは、療養のために預かっているというていだから、と。一度も返事が来たことはないけれど、こちらは報告を怠っていない、と言っていたんです。どこかから聞かなくても、先生の文に書いてあるはずです。私の元服のことは、誰より先に知っているはずです」
「ほんとだ。おかしいな」

 余四郎は、伊之助の手を握ったまま、伊之助の言葉に頷いている。だが、他の者は、うーんと唸った。
 
「……あー、うん、まあ、うん。そうなんですが、多分、その文には目を通していなかったのかと。その、飯原家の当主は」

 嗣治が、歯切れ悪く言った。
 あ、そうか。
 伊之助は、不意に理解する。そうだ。読むわけないではないか。伊之助の近況報告の文など、あの家の誰が読むと言うのだ。

「そうでした……すみません……」

 なんだか申し訳なくなって、伊之助は身を縮める。この屋敷で大事にされすぎて、すっかり忘れていた。あの家の者にとって、伊之助には何ほどの価値もないことを。飯原の家名を名乗らせてもらっているのは、若君である余四郎の許婚であるから。それだけ。

「先生にも、申し訳ないことを……。忙しい中、手間をかけて文をしたためてくださっているのに、その……」
「いの。いのは何を謝っている? いのは悪いことをしたか?」
「していらっしゃいませんよ、四郎さま。伊之助さまが謝ることは何もありません」

 正平がすかさず答えて、そうだろう、と余四郎は頷いた。

「届いた文に目を通さない飯原が悪いと私は思うぞ? 謝るのは飯原だ」
「まったくもってその通り! 私もそう思います、四郎さま」

 小太郎も頷く。余四郎は、得意げに胸を張った。

「その日は、こちらの屋敷での予定が入っている。戻れない、と文を出せ、伊之助。それで終いだ」

 時行が高らかに宣言して、怪文書の件は、その日は終いとなった。 
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

その部屋に残るのは、甘い香りだけ。

ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。 同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。 仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。 一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

一日だけの魔法

うりぼう
BL
一日だけの魔法をかけた。 彼が自分を好きになってくれる魔法。 禁忌とされている、たった一日しか持たない魔法。 彼は魔法にかかり、自分に夢中になってくれた。 俺の名を呼び、俺に微笑みかけ、俺だけを好きだと言ってくれる。 嬉しいはずなのに、これを望んでいたはずなのに…… ※いきなり始まりいきなり終わる ※エセファンタジー ※エセ魔法 ※二重人格もどき ※細かいツッコミはなしで

処理中です...