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四十八
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時行の言葉に嗣治が、んん、と一つ咳ばらいをする。
「はっ。端的に言えば、例の伊之助さま宛の文の出所が分かった、という話なのですが」
「なに? それはすごい! やるな、嗣治」
「いや、まあ、その。はい」
伊之助たちの中では、訳の分からない怪文書でしかなかった代物だ。あっという間に出所を突き止めるとは、確かにすごい。
自らの護衛に尊敬のまなざしを向ける時行に、左近が慌てて口を開いた。
「若様! 怪文書が届いて物騒だから、私らを許婚様の護衛に雇っていただけるというお話でしたが、まさか、出所が分かって解決したから護衛はもういらない、なんてことにはなりませんよね?」
来て早々にクビだなんて、それは流石に無体な話だ、と伊之助は思う。けれど、解決したのなら確かに、伊之助なぞに護衛は不要だ。左近は、小太郎の護衛として雇われているからクビにはならないだろうが、藤兵衛はどうなるのだろう。この屋敷で雇う形にしてあげられれば良いのだが、同じく居候の伊之助にはどうしようもない。伊之助は、自分がきちんと文を読み取れなかったために起こった事態の申し訳なさに身を縮めた。
「いや。出所が分かれば、ますます護衛は必要と思われた。護衛は、しかとお側に置いておくように進言致します」
「そうか。分かった」
余四郎が、うんと明快に頷き、左近と藤兵衛はほっと息を吐いている。だが、伊之助は首を傾げた。
「え? しかし、怪文書ではなかったのに」
「そうなのか?」
「はい。私の、その、家からのものではないかと……」
「あれが?」
時行が、伊之助へ答えながら小太郎の隣に腰を下ろす。余四郎も、伊之助の隣へと腰を下ろした。護衛四人も、それぞれの護衛対象の近くに腰を下ろしており、自然と車座になって、八人は頭を突き合わせた。真ん中には、怪文書と呼ばれていた文、実際には、多分伊之助の実家からのものであろう文が置かれている。
あれ、と時行が言うのももっともな、文の体裁を成していない文だが、戻れ、とあるからにはまあ多分、嗣治の予想通り、飯原家からの文で間違いはないだろう。
「拝見してもよろいしいか?」
と、左近と藤兵衛がその文に目を通す間に、正平が、ここまでの伊之助と実家の経緯を説明し始めた。
「伊之助さまは、兄君の暴行を受けて骨折し、適切な処置を受けられずに生死の境をさ迷っておられたところを保護致した。保護致した八つの頃からずっと、こちらの屋敷に住んでおられる」
「は?」
最初の一節で、藤兵衛から低い声が漏れた。
「あ、あの。あの時は、私が少ししくじってしまって大怪我をしてしまい……。いつもなら、もう少しうまく受けるところを、大事な四郎さまを蔑む言葉を吐く兄に腹が立って、抵抗しようとしてしまって」
伊之助は、誤解のないようにと説明を足したが、ずっと優しげだった藤兵衛の目がすう、と細くなるのを目の当たりにして、おろおろと口をつぐんでうつむいた。
「いの」
藤兵衛とは反対の隣から柔らかい声がして、ぽんぽんと手を叩かれる。
「私もいのが大事だぞ。一緒だ」
顔を上げると、にこにこと機嫌のよい余四郎の顔が目に入ってほっとした。
すう、ふう、と藤兵衛が深呼吸をする音が聞こえる。
「その、伊之助さまを暴行した兄君が未だ暮らしておる家からの呼び出し、であると? このような文とも呼べぬ代物で?」
「まあ、そういうことだ。落ち着け、藤兵衛。そのためのお主であろう?」
正平が、余四郎と伊之助越しに藤兵衛をなだめている。
「しかし、何故今更……?」
左近の言葉に、それよ、と嗣治が声を上げた。
「はっ。端的に言えば、例の伊之助さま宛の文の出所が分かった、という話なのですが」
「なに? それはすごい! やるな、嗣治」
「いや、まあ、その。はい」
伊之助たちの中では、訳の分からない怪文書でしかなかった代物だ。あっという間に出所を突き止めるとは、確かにすごい。
自らの護衛に尊敬のまなざしを向ける時行に、左近が慌てて口を開いた。
「若様! 怪文書が届いて物騒だから、私らを許婚様の護衛に雇っていただけるというお話でしたが、まさか、出所が分かって解決したから護衛はもういらない、なんてことにはなりませんよね?」
来て早々にクビだなんて、それは流石に無体な話だ、と伊之助は思う。けれど、解決したのなら確かに、伊之助なぞに護衛は不要だ。左近は、小太郎の護衛として雇われているからクビにはならないだろうが、藤兵衛はどうなるのだろう。この屋敷で雇う形にしてあげられれば良いのだが、同じく居候の伊之助にはどうしようもない。伊之助は、自分がきちんと文を読み取れなかったために起こった事態の申し訳なさに身を縮めた。
「いや。出所が分かれば、ますます護衛は必要と思われた。護衛は、しかとお側に置いておくように進言致します」
「そうか。分かった」
余四郎が、うんと明快に頷き、左近と藤兵衛はほっと息を吐いている。だが、伊之助は首を傾げた。
「え? しかし、怪文書ではなかったのに」
「そうなのか?」
「はい。私の、その、家からのものではないかと……」
「あれが?」
時行が、伊之助へ答えながら小太郎の隣に腰を下ろす。余四郎も、伊之助の隣へと腰を下ろした。護衛四人も、それぞれの護衛対象の近くに腰を下ろしており、自然と車座になって、八人は頭を突き合わせた。真ん中には、怪文書と呼ばれていた文、実際には、多分伊之助の実家からのものであろう文が置かれている。
あれ、と時行が言うのももっともな、文の体裁を成していない文だが、戻れ、とあるからにはまあ多分、嗣治の予想通り、飯原家からの文で間違いはないだろう。
「拝見してもよろいしいか?」
と、左近と藤兵衛がその文に目を通す間に、正平が、ここまでの伊之助と実家の経緯を説明し始めた。
「伊之助さまは、兄君の暴行を受けて骨折し、適切な処置を受けられずに生死の境をさ迷っておられたところを保護致した。保護致した八つの頃からずっと、こちらの屋敷に住んでおられる」
「は?」
最初の一節で、藤兵衛から低い声が漏れた。
「あ、あの。あの時は、私が少ししくじってしまって大怪我をしてしまい……。いつもなら、もう少しうまく受けるところを、大事な四郎さまを蔑む言葉を吐く兄に腹が立って、抵抗しようとしてしまって」
伊之助は、誤解のないようにと説明を足したが、ずっと優しげだった藤兵衛の目がすう、と細くなるのを目の当たりにして、おろおろと口をつぐんでうつむいた。
「いの」
藤兵衛とは反対の隣から柔らかい声がして、ぽんぽんと手を叩かれる。
「私もいのが大事だぞ。一緒だ」
顔を上げると、にこにこと機嫌のよい余四郎の顔が目に入ってほっとした。
すう、ふう、と藤兵衛が深呼吸をする音が聞こえる。
「その、伊之助さまを暴行した兄君が未だ暮らしておる家からの呼び出し、であると? このような文とも呼べぬ代物で?」
「まあ、そういうことだ。落ち着け、藤兵衛。そのためのお主であろう?」
正平が、余四郎と伊之助越しに藤兵衛をなだめている。
「しかし、何故今更……?」
左近の言葉に、それよ、と嗣治が声を上げた。
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