余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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三十七

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「であれば」

 ほんの少し、しんとした部屋の空気を変えるように、良庵が声を上げた。

「うちで勝手にしてよい、ということでありましょう」
「ああ、そうだな」
「その通りだ」
「立派な元服の儀を執り行いましょう」

 小太郎まで、身を乗り出している。
 そんなことより小太郎さまの元服のお話を、と伊之助としては言いたいところである。元々、そのことで思い悩んだ小太郎が、伊之助のもとに話をしに来たのではなかっただろうか。

「そうと決まれば、紋付き袴を仕立てねば」

 良庵が、何故かずいぶんと張り切っている。まるで、我が子のようによくしてくださるのは嬉しいが、そんな上等なもの、伊之助には分不相応である。

「飯原家の紋にするのは癪だな。ああ、そうだ。もう、玉乃川家の紋をつけてしまうのはどうだ」
「兄上。私と同じ紋か?」
「ああ。私とも同じだ。どうせそのうち同じになるのだ。それでよいじゃないか」
「そうだな、よいな、そうしよう。いの、同じ紋だ。嬉しいな」

 若様方が、何かとんでもないことを仰っている。どうして、小太郎さまも先生も止めないんだ。

「いや、まさかそんな訳には……」

 皆の勢いに気圧されていた伊之助は、ようよう言葉を絞り出した。

「いの、いやか?」
「いや。あ、いいえ! 嫌とか嫌ではないとかそういうところのお話ではなく。してもよいのかどうかのお話かと……」

 嫌なわけがない。紋というのは、その紋を持つ家に所属している、という証なのだから、付けたいに決まっている。家名すら、名乗っていいのかどうか自信の持てない伊之助にとって、紋付きの品は憧れのものだった。だが、いつ無かったことになるかもしれぬ許婚程度の伊之助が、この領地で一番偉い家の紋を身に付けてよいとは思えない。

「私や兄上がよいと言っているのだから、よいではないか」
「よいぞ。そうだ、こたも作るか。こたももうすぐ元服だから、四人で揃いにしよう」
「……」

 小太郎が目を見開く。

「どうした? こたはまだ、直井家の紋を付けたいか? それならそれでもよい。こたの好きにしたらよい。だが、いずれ近いうちに同じ紋を付けるのは決まっているからな。それは譲らん」

 時行は、ふんと胸を張った。

「私は、考えなしでものをいうきらいがあるとよく注意を受けるし、そうなのかもしれないと思う時は多々ある。だがな。男を嫁にしろと父上に言われてすぐに、それならこたが良い、と言ったことについては考えなしだとは思っておらぬ。私の一言で、こたが直井家を継げなくなったことや子を残せなくなったことについては申し訳なく思っているが、この婚約を取り消す気は毛頭ない。すまん、こた。きっと父上に言われなくともいずれ、私はこたが誰より好きだ、と告げていたやもしれぬ」
「……っ」

 小太郎は、息を詰めて口元を手で押さえた。ようやく赤みの引いてきた目元が、また潤む。
 ああ。良かった、と伊之助は思った。
 きっと小太郎のどんな悩みも、今、吹き飛んだことだろう。 
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