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三十
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「……話を頂いた時、父はとても喜んだ。母も……。とても、とてもいい、いいお話だって……」
ひくっと、小太郎の喉が鳴る。
「お前も、嬉しいだろう? 一番仲の良い若様とずっと共に居られるのだ、良かったなあ、と仰って」
震える声は止められなかったけれど、小太郎は言葉を続けた。いつも冷静な小太郎の感情が震えるさまを目の当たりにして、伊之助はなんだか一緒に泣きたくなった。じわじわと目元がうるんできて、慌ててぱちぱちと瞬きをする。
時行さまは、男を伴侶にしろと殿様に言われて、小太郎とずっと共に居られるなら嬉しい、と仰ったそうだ。だから、時行さまの許婚はすぐに決まった。小太郎さまは直井家の嫡男だったけれど、直井家はすぐに、ありがたいことです、と返事をしたそうだ。もちろん、殿様や若様に請われて、断れるわけもないのだが。
「良かった、と、皆が言うのだ。良かった、良いお話だった。父に似て、立派に育っている信次郎が家督を継げるし、私には行き先がある。あの線の細いのが当主で大丈夫なのか、と言っていた家臣たちも黙らせられる。主家と、子がなせぬとはいえ縁続きになれる……。良かった、良かった、万々歳だ、と」
直井家は、立派な次男が居るのでそれでちょうどよかったらしい。嫡男が、あれだったものな。直井家は上手くやったものだ、などとと話している声を、伊之助は藩校で聞いたことがあった。
そんな輩は、剣の稽古の時間にことごとく、時行に打ちのめされていたのだが、小太郎はいつも涼しい顔で、言いたい者には言わせておけばよい、と言っていた。そんな小太郎を、かっこいい人だと伊之助は憧れていた。
目の前で、ついにその目から涙をこぼした小太郎を見て、ああ、この人だって平気なわけではなかったのだ、と伊之助は初めて知った。
名家の跡取りとして生まれ、立派な跡取りであろうと努力してきたすべてが、殿様や若様のたった一言で無駄になってしまったのだ。よくない、いやだ、と一言たりとも言えなかった小太郎のこれまでを思って、伊之助の目からも涙があふれた。
ひくっと、小太郎の喉が鳴る。
「お前も、嬉しいだろう? 一番仲の良い若様とずっと共に居られるのだ、良かったなあ、と仰って」
震える声は止められなかったけれど、小太郎は言葉を続けた。いつも冷静な小太郎の感情が震えるさまを目の当たりにして、伊之助はなんだか一緒に泣きたくなった。じわじわと目元がうるんできて、慌ててぱちぱちと瞬きをする。
時行さまは、男を伴侶にしろと殿様に言われて、小太郎とずっと共に居られるなら嬉しい、と仰ったそうだ。だから、時行さまの許婚はすぐに決まった。小太郎さまは直井家の嫡男だったけれど、直井家はすぐに、ありがたいことです、と返事をしたそうだ。もちろん、殿様や若様に請われて、断れるわけもないのだが。
「良かった、と、皆が言うのだ。良かった、良いお話だった。父に似て、立派に育っている信次郎が家督を継げるし、私には行き先がある。あの線の細いのが当主で大丈夫なのか、と言っていた家臣たちも黙らせられる。主家と、子がなせぬとはいえ縁続きになれる……。良かった、良かった、万々歳だ、と」
直井家は、立派な次男が居るのでそれでちょうどよかったらしい。嫡男が、あれだったものな。直井家は上手くやったものだ、などとと話している声を、伊之助は藩校で聞いたことがあった。
そんな輩は、剣の稽古の時間にことごとく、時行に打ちのめされていたのだが、小太郎はいつも涼しい顔で、言いたい者には言わせておけばよい、と言っていた。そんな小太郎を、かっこいい人だと伊之助は憧れていた。
目の前で、ついにその目から涙をこぼした小太郎を見て、ああ、この人だって平気なわけではなかったのだ、と伊之助は初めて知った。
名家の跡取りとして生まれ、立派な跡取りであろうと努力してきたすべてが、殿様や若様のたった一言で無駄になってしまったのだ。よくない、いやだ、と一言たりとも言えなかった小太郎のこれまでを思って、伊之助の目からも涙があふれた。
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