余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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十五

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「医者の、家……?」
「はい、そうです。昨日、うちの先生が、いの様をうちに連れて帰ってきてしまったんです。いの様の、ご実家での居住環境があまりに劣悪だった、とのことで。いの様に確認もせず、申し訳ありません。うちの先生は、治療のこととなると、少々性急に事を進めるきらいがありまして。急なことで戸惑いもおありでしょうが、しばらくうちで療養していただけますか」
「ええっと……」

 どうしたらよいかなんて、伊之助には分からない。父が、それでよいと言ったのならそれでよいのだろうし、駄目だと言われたら戻るのだろう。それだけだ。

「おいらには、その……う、けほっ、んんっ」
「いの。くるしいか。だいじょうぶか」
「ああ、すみません。まずは、お茶を」

 そう言って、手渡してもらったお茶は、伊之助が今までに飲んだどんな飲み物より美味しかった。すっきりとして、喉を通りやすい。あっという間に飲み干すと、白衣を着た人は、すぐにもう一杯注いでくれた。二杯目は、ゆっくりと味わった。

「おいしいのか、いの。しろうものむ」
「あ、すみません。おいらばかり。四郎さまもどうぞ」

 湯呑みを手渡すと、余四郎がうんと頷く。やれやれ、と言いながら、白衣の男は湯呑みに半分だけ茶を注いだ。
 両手で湯呑みを持った余四郎が、湯呑みをふうと吹く。

「あは。四郎さま。熱くないですよ」
「ん? あ、ほんとだ。あつくない」
「あは。あはは」

 やっぱり四郎さまは可愛い。そう考えてから、あ、と伊之助は気付いた。大事なことを伝えなくてはならない。

「余四郎さま」
「ん?」

 上手に湯呑みの茶を飲んだ余四郎が、ぷはっと息を吐いて伊之助を見る。

「おいら、余四郎さまのこと、これから四郎さまって呼びます」

 余りの四郎。余分の四郎。兄が伊之助に向かって、余四郎のことをそう言っていた声がずっと耳を離れなかった。腹が立った。生まれて初めて伊之助は、本気で腹を立てたのだ。
 こんなに素敵な若様に、なんてことを言うのかと思って。そんなことを言う兄にも腹が立ったし、そんな意味を持つ名前を付けた人にも腹が立った。
 余四郎の余にそんな意味があるのなら、名を付けた人は何故、余を付けたりしたのだろう。四番目の男の子だから四郎、で良かったではないか。

「ん。いいよ」

 余四郎は、うん、と軽く頷いただけだったが、伊之助は、はい、と大きく返事をした。
 気持ちが晴れやかになったところで、腹の虫がぐうと鳴いた。

「あ、腹が動き出しましたね。良かった。粥も準備してあるんです。温めなおして持ってくるから、少し待っていてください」
「あ、ありがとうございます」

 白衣の男は、ふふっと笑う。

「四郎さま。後は頼みましたよ」
「うん。いののおせわはしろうがする」

 余四郎のことを、伊之助に合わせて四郎と呼んでくれたこの人は、とてもいい人だ。     
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