12 / 59
十二
しおりを挟む
また明日、と言った小太郎は、本当に翌日もやってきた。兄の渋い顔など物ともせず、けろりと伊之助の寝ている部屋に居座る。兄は、小太郎を伊之助の寝ている部屋に案内した後、勝手にしろ、と言うと、すぐに出て行った。
伊之助は、普段通りに、屋敷の使用人部屋の一角に置かれている。狭く日当たりの悪い場所だ。あまり、兄と対等な身分のお客様を通すような部屋ではないなあと、少しだけ伊之助は申し訳なくなった。一応、使用人部屋の中でもましな方の一人部屋ではあるのだが。
「伊之助殿、少しは何か食べられたか?」
枕元に置かれた粥をじっと見ながら、小太郎が言う。粥が減っていないことは見れば分かるので、伊之助は正直に首を横に振った。
女中が来た時に寝ていたので、置いて行かれたものらしい。目を覚まして、粥が置いてあることに伊之助は気付いていた。食べたかったのだが、体が痛くて身を起こすことができず、あきらめたのだ。もともと、伊之助の世話係はこの家にはいない。ごく小さな頃は、まだ生きていた母が世話をしてくれていたらしいが、伊之助が物心ついた頃には母はもういなかった。
つまり今、動けない伊之助を世話するためには、使用人たちは、普段の仕事に加えて伊之助の世話をするということになってしまう。どうしても後回しになるのは仕方ない、と分かっている。それでも、誰や彼やと部屋をのぞいては水や薬を飲ませてくれて、下の世話もしてくれているようだった。ありがたいことだ、と思う。これ以上、わがままなど言えやしない。
だが、首を横に振った伊之助に嘆息した小太郎は、小太郎に茶を運んできた女中をつかまえて言った。
「私に茶を出す暇があるなら、伊之助殿に食事を取らせて、体を拭いてやれ。布団も、汗や湿布薬で湿っている。替えの布団に寝かせてやらないと、せっかく下がってきた熱がぶり返してしまうぞ」
「は、はい!」
女中は、小太郎に一度平伏してから、伊之助をそっと起こして支えてくれた。動いたことで体中が痛んだが、伊之助は歯を食いしばって耐えた。
小太郎は、覚束ない手つきで、冷めた粥を伊之助の口に運んでくれた。一口食べるたびに、よく食べた、偉い、と褒めてくれるので、伊之助は何だか笑ってしまった。小太郎もにこにこと笑っていて、綺麗な人だな、と見惚れた。
食後に口に入れられた煎じ薬は、とても苦かった。
布団も、あっという間に湿っていないものに取り替えられた。動いたことで体のあちこちがひどく痛んでいるのに、何だかふわふわと眠たくなってきた。まだもう少し、小太郎さまと話がしたかったのに、と残念に思いながら、伊之助は瞼を閉じてしまう。
おやすみ、また明日という小太郎の声が聞こえた気がした。
伊之助は、普段通りに、屋敷の使用人部屋の一角に置かれている。狭く日当たりの悪い場所だ。あまり、兄と対等な身分のお客様を通すような部屋ではないなあと、少しだけ伊之助は申し訳なくなった。一応、使用人部屋の中でもましな方の一人部屋ではあるのだが。
「伊之助殿、少しは何か食べられたか?」
枕元に置かれた粥をじっと見ながら、小太郎が言う。粥が減っていないことは見れば分かるので、伊之助は正直に首を横に振った。
女中が来た時に寝ていたので、置いて行かれたものらしい。目を覚まして、粥が置いてあることに伊之助は気付いていた。食べたかったのだが、体が痛くて身を起こすことができず、あきらめたのだ。もともと、伊之助の世話係はこの家にはいない。ごく小さな頃は、まだ生きていた母が世話をしてくれていたらしいが、伊之助が物心ついた頃には母はもういなかった。
つまり今、動けない伊之助を世話するためには、使用人たちは、普段の仕事に加えて伊之助の世話をするということになってしまう。どうしても後回しになるのは仕方ない、と分かっている。それでも、誰や彼やと部屋をのぞいては水や薬を飲ませてくれて、下の世話もしてくれているようだった。ありがたいことだ、と思う。これ以上、わがままなど言えやしない。
だが、首を横に振った伊之助に嘆息した小太郎は、小太郎に茶を運んできた女中をつかまえて言った。
「私に茶を出す暇があるなら、伊之助殿に食事を取らせて、体を拭いてやれ。布団も、汗や湿布薬で湿っている。替えの布団に寝かせてやらないと、せっかく下がってきた熱がぶり返してしまうぞ」
「は、はい!」
女中は、小太郎に一度平伏してから、伊之助をそっと起こして支えてくれた。動いたことで体中が痛んだが、伊之助は歯を食いしばって耐えた。
小太郎は、覚束ない手つきで、冷めた粥を伊之助の口に運んでくれた。一口食べるたびに、よく食べた、偉い、と褒めてくれるので、伊之助は何だか笑ってしまった。小太郎もにこにこと笑っていて、綺麗な人だな、と見惚れた。
食後に口に入れられた煎じ薬は、とても苦かった。
布団も、あっという間に湿っていないものに取り替えられた。動いたことで体のあちこちがひどく痛んでいるのに、何だかふわふわと眠たくなってきた。まだもう少し、小太郎さまと話がしたかったのに、と残念に思いながら、伊之助は瞼を閉じてしまう。
おやすみ、また明日という小太郎の声が聞こえた気がした。
528
お気に入りに追加
375
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
その部屋に残るのは、甘い香りだけ。
ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。
同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。
仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。
一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
愛する人
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」
応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。
三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。
『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる