【完結】長屋番

かずえ

文字の大きさ
上 下
24 / 26

二十四 は?

しおりを挟む
 とりあえず汗を流そう、と松木は立ち上がる。振り返ると、おこうが戸口に立っていた。
 おはるが呼びに行ったものらしい。

「おこう殿」
「……」

 おこうは何も答えず、奥を伺う。布団に横たわった清介せいすけを見て、息を飲んだ。
 そのまま黙って傍らに座ると、疲れて目を閉じている清介せいすけの顔をじっと見つめる。

「ばか」

 暫し黙してそうしてから、小さく呟いた。

「馬鹿だよ、あんたは」

 その小さな呟きに、清介せいすけが、うっすらと目を開けた。おこうの姿を確かめ、ふわりと笑う。

「お師さん。ご無事で」
「当たり前だ。何も無かったさ」
「……そう、ですか」
「ああ。どんな与太話を聞いたか知らないが、何も無かった」
「はい」

 頷く弟子に、おこうは、少し目を逸らした。

「でもまあ、よく来た」
「はい」

 そこまで見て、松木は部屋を出た。おつのとおそめのお付きの女中たちも、共に部屋を出てくる。次の時間の稽古は、かよが一人で相手をすれば良いだろう。田端の与太話のお陰で、おこうと清介せいすけが再び会うことができたのなら、甲斐があったというものだ。
 松木が井戸端で汗を流していると、稽古を終えた面々が出てくる。

「正一郎様。お師さんは?」
「ああ、看病を」
「相分かりました」

 それだけ話すと、かよは頷いて、稽古へ戻っていった。

「え?それだけ?」
  
 おつのが、松木と去っていくかよの背を見比べながら言った。

「どういうこと?」
「お嬢様。大師匠せんせいを古参のお弟子さんが訪ねて来られたのですが、伏せってしまわれて」

 おつのの女中のとめが、おつのへ説明をしている。

「大師匠せんせいは看病をされるので、次の稽古は小師匠せんせいがお一人で、という連絡が成されていたのではないか、と」

 まあ、そうである。

「へええええ。あのひと言で?そんな連絡が?」
「ええ?かよ師匠せんせい、あれで分かるの?凄い……」

 おつのとおそめが、目をきらきらとさせ始めた。嫌な予感がする、と松木はとっとと退散することにした。

「戻ろう」

 くすくすと笑ったおみつが、はい、と頷く。
 どちらにせよ、共に帰るので逃げ場はない。ないが、できるだけ短い時間で終わらせたい、と松木は思う。

「やはりお二人は、お似合いでございますねえ」
「阿吽の呼吸の会話は、既に年経た夫婦めおとのようでございますわ」
「まだ知り合ったばかりですのに、随分昔から共におられるかのように、息がぴったりでございますものね」
「婚儀が楽しみです。是非ご招待くださいね」

 二人から投げかけられる言葉に溺れそうになりながらのんびりと歩いていると、おはるが長屋から走ってきた。

「松木様。後ほど、かよさんに、松木様の長屋へ行くよう言いますので、そちらへ泊めてやってくださいませ」

 ……は?
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

江戸の櫛

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

夜珠あやかし手帖 ろくろくび

井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉
歴史・時代
東海一の弓取りと呼ばれた三河、遠州、駿河の三国の守護、今川家の重臣として生まれた 一宮左兵衛は、勤勉で有能な君主今川義元をなんとしても今川家の国主にしようと奮闘する。 今川義元と共に生きた忠臣の物語。 今川と織田との戦いを、主に今川の視点から描いていきます。

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

処理中です...