17 / 26
十七 良くない報せ
しおりを挟む
「おこうさんとかよさんが、武家屋敷へ招かれて出かけたまま帰らない」
与兵衛長屋へもたらされた報せは、良い報せでは無かった。どうしても断れぬ頼まれごとだということで、稽古は昨日、一日休みとなっていた。報せをもたらしたのは、おこうとかよが住む長屋の者である。朝にも二人がいないことを不審に思ってはいたが、遅くなって泊まりであったのだろうと考えていた。なれど、稽古の時刻となって弟子たちが来ても姿は見えぬ。
よくよく思い出してみれば、おこうは長くあの長屋で教室を開いているが、どんなに遅くなっても他所に泊まったことなど無かったという。
「稽古を何日も休ませてやる気はないよ」
必ずそう言って笑っていたのだという。そういえば、と今更ながら報せをもたらした女は言う。武家屋敷などへ演奏に出かける時はいつも、長くおこうの弟子であった男がついていた。その男弟子も大した腕であったから、何のおかしな事もない、と受け入れられていたのだという。
だが、此度はおこうとかよの二人で出かけた。
昔から懇意にしている所だから心配ない、とおこうは言っていたという。
本当に心配ないのかもしれない。しかし、おつのやおそめ、おみつへの稽古は本日はできないとの連絡がてら、どうしても松木に連絡せねばと与兵衛長屋へ回ってくれたようだ。
「その武家屋敷は何処か分かるかい?」
共に話を聞いていたおかめが、女に尋ねる。女は、力無く首を振った。
「おこうさんは、自分の話はほとんどなさらないからねえ」
「その男弟子は?」
「もう半年以上も前から、とんと姿を見ていないんだ」
「住まいは?」
「それも」
女は頭を振るばかり。
「武家屋敷の方を探ってみるしかないな」
田端の言葉に、松木はすぐに駆け出した。
「おい。待て!」
田端も、すかさず後を追う。待てと言われて待てるはずもなく、ただひたすらに武家屋敷の立ち並ぶ辺りへと松木は走っていった。
「こちらに来たからって……」
息を切らした田端をよそに、一目散に綾ノ部藩の江戸屋敷へとたどり着く。
「な、何事でござる?」
基本的には長屋暮らしの二人とはいえ、定期的に屋敷に顔は出している。誰だ、と止められることは無かった。
「昨日、三味線の音が聞こえていた屋敷を知らぬか」
「行ってどうする?」
尋ねて回る松木の肩を田端が掴む。
「行って……?」
それは、何も考えていなかった。兎に角、無事を確かめたい、とそればかりであった。
「角館藩の屋敷から、素晴らしい箏と三味線の音が聞こえていた。あの演者をうちにも招きたいものだと、評判になっていた」
他の屋敷に乗り込むことなど、できぬ。
与兵衛長屋へもたらされた報せは、良い報せでは無かった。どうしても断れぬ頼まれごとだということで、稽古は昨日、一日休みとなっていた。報せをもたらしたのは、おこうとかよが住む長屋の者である。朝にも二人がいないことを不審に思ってはいたが、遅くなって泊まりであったのだろうと考えていた。なれど、稽古の時刻となって弟子たちが来ても姿は見えぬ。
よくよく思い出してみれば、おこうは長くあの長屋で教室を開いているが、どんなに遅くなっても他所に泊まったことなど無かったという。
「稽古を何日も休ませてやる気はないよ」
必ずそう言って笑っていたのだという。そういえば、と今更ながら報せをもたらした女は言う。武家屋敷などへ演奏に出かける時はいつも、長くおこうの弟子であった男がついていた。その男弟子も大した腕であったから、何のおかしな事もない、と受け入れられていたのだという。
だが、此度はおこうとかよの二人で出かけた。
昔から懇意にしている所だから心配ない、とおこうは言っていたという。
本当に心配ないのかもしれない。しかし、おつのやおそめ、おみつへの稽古は本日はできないとの連絡がてら、どうしても松木に連絡せねばと与兵衛長屋へ回ってくれたようだ。
「その武家屋敷は何処か分かるかい?」
共に話を聞いていたおかめが、女に尋ねる。女は、力無く首を振った。
「おこうさんは、自分の話はほとんどなさらないからねえ」
「その男弟子は?」
「もう半年以上も前から、とんと姿を見ていないんだ」
「住まいは?」
「それも」
女は頭を振るばかり。
「武家屋敷の方を探ってみるしかないな」
田端の言葉に、松木はすぐに駆け出した。
「おい。待て!」
田端も、すかさず後を追う。待てと言われて待てるはずもなく、ただひたすらに武家屋敷の立ち並ぶ辺りへと松木は走っていった。
「こちらに来たからって……」
息を切らした田端をよそに、一目散に綾ノ部藩の江戸屋敷へとたどり着く。
「な、何事でござる?」
基本的には長屋暮らしの二人とはいえ、定期的に屋敷に顔は出している。誰だ、と止められることは無かった。
「昨日、三味線の音が聞こえていた屋敷を知らぬか」
「行ってどうする?」
尋ねて回る松木の肩を田端が掴む。
「行って……?」
それは、何も考えていなかった。兎に角、無事を確かめたい、とそればかりであった。
「角館藩の屋敷から、素晴らしい箏と三味線の音が聞こえていた。あの演者をうちにも招きたいものだと、評判になっていた」
他の屋敷に乗り込むことなど、できぬ。
42
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
夜珠あやかし手帖 ろくろくび
井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。
+++
今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。
団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。
町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕!
(二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
どこまでも付いていきます下駄の雪
楠乃小玉
歴史・時代
東海一の弓取りと呼ばれた三河、遠州、駿河の三国の守護、今川家の重臣として生まれた
一宮左兵衛は、勤勉で有能な君主今川義元をなんとしても今川家の国主にしようと奮闘する。
今川義元と共に生きた忠臣の物語。
今川と織田との戦いを、主に今川の視点から描いていきます。
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
射干玉秘伝
NA
歴史・時代
時は鎌倉、越後国。
鎌倉幕府の侵攻を受けて、敗色濃厚な戦場を、白馬に乗った姫武者が駆け抜ける。
神がかりの強弓速射を誇る彼女の名は、板額御前。
これは、巴御前と並び日本史に名を残す女性武者が、舞台を降りてからの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる