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八 言葉無くとも
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かくして、おみつは三味線を習うこととなった。
目の前で大師範が体調を崩したから心配だ、という話にして、習う習わないにしろ翌日も様子を見に行きたいとおみつはその日のことを説明した。
「大師範ってことは、小師範もいらっしゃるのかい?」
「ええ。私はかよ師匠の演奏しか聴いていないけど、素敵だった」
「お弟子さんがそうなら、余程腕のいい師匠なんだろうねえ」
おみつの許嫁の作次の養父と養母である清兵衛とおきくが、にこにことおみつの話を聞く。もう三年、住まいは別だが、昼は店で共に過ごす二人にとってはすでに可愛い娘だ。全く我儘を言わない娘の、たまの願いが嬉しくて、叶えられるものならどんなことでも叶えてやる勢いだった。
「危ねえようなことは無かったかい?」
過保護な作次の心配は、その一点だ。兎に角、おみつが目の届かない場所へ行くことが不安でならぬようだった。
「当たり前よ」
おみつは即座に返事をした。共に清兵衛商店まで帰ってきた松木に、ちらりと視線を送る。松木は、少しの間をおいてから頷いた。
作次が、その微妙な間に何か言いたそうに視線を向けてきたが、すぐにおきくの明るい声が上がる。
「ほんとにまあ、作次の心配性なことったらないよ。三味線の稽古に危ないも何もあるもんかい」
「そうよね」
おみつも、にこりとおきくに笑顔を見せた。決めたら曲げない気性は健在だ。
「まあ、それだけおみっちゃんが大事ってことさね」
清兵衛が、はははと笑って二人をとりなす。
幸せな家族の姿に、松木は目を細めた。
良かった、本当に。若君が幸せになられて本当に良かった。
「必ず、誰かと共に行くんだよ?」
「もちろん、おつのちゃんとおそめちゃんと一緒に行くよ」
「違う、そうじゃなく」
作次の視線を受けて、松木は大きく頷いた。
「必ずお供致します」
毎回自分が。
そこには、大いに松木の希望が入っていたが、事情を知らない作次は安心した顔で頷いた。
「すまない。頼む」
「はっ」
もちろん、お供は松木ばかりでなくとも良かったのだが、松木がその仕事を他人に譲ることは無かった。
やがて一月もする頃には、ただ挨拶をして見つめ合う二人を知らぬ関係者はいなくなった。
毎日、おみつに付き添って三味線の稽古場にやってきて、晴れの日は表で剣を振るいながら、雨の日は傘を手にじっと演奏に耳を傾けながら稽古が終わるのを待つ侍と、その侍と挨拶を交わすために必ず表へ出てくる小師範の姿は、二人が何を話していなくとも見ている人々に何かを感じさせた。
そしてもちろん、瞬く間に与兵衛長屋の人々の耳にも届くこととなったのである。
目の前で大師範が体調を崩したから心配だ、という話にして、習う習わないにしろ翌日も様子を見に行きたいとおみつはその日のことを説明した。
「大師範ってことは、小師範もいらっしゃるのかい?」
「ええ。私はかよ師匠の演奏しか聴いていないけど、素敵だった」
「お弟子さんがそうなら、余程腕のいい師匠なんだろうねえ」
おみつの許嫁の作次の養父と養母である清兵衛とおきくが、にこにことおみつの話を聞く。もう三年、住まいは別だが、昼は店で共に過ごす二人にとってはすでに可愛い娘だ。全く我儘を言わない娘の、たまの願いが嬉しくて、叶えられるものならどんなことでも叶えてやる勢いだった。
「危ねえようなことは無かったかい?」
過保護な作次の心配は、その一点だ。兎に角、おみつが目の届かない場所へ行くことが不安でならぬようだった。
「当たり前よ」
おみつは即座に返事をした。共に清兵衛商店まで帰ってきた松木に、ちらりと視線を送る。松木は、少しの間をおいてから頷いた。
作次が、その微妙な間に何か言いたそうに視線を向けてきたが、すぐにおきくの明るい声が上がる。
「ほんとにまあ、作次の心配性なことったらないよ。三味線の稽古に危ないも何もあるもんかい」
「そうよね」
おみつも、にこりとおきくに笑顔を見せた。決めたら曲げない気性は健在だ。
「まあ、それだけおみっちゃんが大事ってことさね」
清兵衛が、はははと笑って二人をとりなす。
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良かった、本当に。若君が幸せになられて本当に良かった。
「必ず、誰かと共に行くんだよ?」
「もちろん、おつのちゃんとおそめちゃんと一緒に行くよ」
「違う、そうじゃなく」
作次の視線を受けて、松木は大きく頷いた。
「必ずお供致します」
毎回自分が。
そこには、大いに松木の希望が入っていたが、事情を知らない作次は安心した顔で頷いた。
「すまない。頼む」
「はっ」
もちろん、お供は松木ばかりでなくとも良かったのだが、松木がその仕事を他人に譲ることは無かった。
やがて一月もする頃には、ただ挨拶をして見つめ合う二人を知らぬ関係者はいなくなった。
毎日、おみつに付き添って三味線の稽古場にやってきて、晴れの日は表で剣を振るいながら、雨の日は傘を手にじっと演奏に耳を傾けながら稽古が終わるのを待つ侍と、その侍と挨拶を交わすために必ず表へ出てくる小師範の姿は、二人が何を話していなくとも見ている人々に何かを感じさせた。
そしてもちろん、瞬く間に与兵衛長屋の人々の耳にも届くこととなったのである。
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