完璧な薬

秋川真了

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歪な友情

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月と星だけが辺りを照らす山奥を、一人の男が歩いていた。
男は貧しかった。それを解決するために、男はこれから盗みを働こうとしていた。

しばらく歩いた後、男は足を止める。
目の前に広がるのは豪勢だが古ぼけた洋館。
男が調べたところによると、財を成した資産家がかなり昔に建てたという
その洋館は今は誰も住んでおらず、資産家が手に入れた大量の高価な骨董品の一部が保管されているそうだった。
男は今日それを盗みにきたのだ。

洋館の辺りは異様に静かだった。
男は迷いなく玄関に向かう。男が慎重に下見をした結果、玄関の扉に鍵がかかっていないということは調査済みだった。
なぜ鍵がかかっていないのか、とも男は念入りに調べたが特に何も出てこず、資産家の一家はこの洋館を半ば放棄した状態なのではないかという結論に至った。

男は骨董によって得た金をどうしようかと考えながら扉に
手をかけると、耳が家から漏れる微かな音を拾った。
額から冷や汗が出る。
ただの聞き間違いだろうか、それとも中に誰かいるのだろうか、
何度も脳を回転させた後、ただの気のせいだ、と高を括り扉を開ける。

扉の重たい音が館内に響いた。
薄暗い辺りを見回し、人気がないことを確認する。
ほっと一息つくと、あらかじめ目星をつけていた骨董がある二階へと向かう。

その骨董は無造作に机の上に置いてあった。
胸が高鳴るのを感じた。
それを急いで手に取り、この洋館を出ようと踵を返そうとしたその時だった。
扉の前に、人影がうっすらと月夜に照らされて揺れているのを見た。
高鳴っていた胸の鼓動がさらに加速し、吐き気すら覚える。
人影はゆっくりとだが確実に近づき、ついには
顔が見える位置まで近づく。
数秒の沈黙が洋館に流れた。

人影の正体は痩せた青年だった。
隈が刻みこまれた目で男を見つめるその姿は
不思議と洋館の雰囲気に合っていると感じた。

呑気にそんなことを考えると、青年が「あの。」と口を開いた。
途端現実に引き戻される。
調べた限り、この洋館に人など住んでいなかったし、
下見の際も人の気配など微塵も感じなかった。
頭は錯乱していた。
何はともあれ見つかってしまった以上この青年をただで返すわけにはいかないと考え、全身に力を込めた時、青年がもう一度口を開き直した。
「あなたは僕の親族ですか?それとも友人か何かでしょうか?」
男は唖然とした。そんな男に青年は気づいてないのか、話を続ける。
「じ、実は僕記憶喪失になってまして、ここで療養することになってるらしいんです。」
青年は虚ろな目で淡々とそんなことを話す。
それを聞いて、込めていた全身の力を抜き、掴みかけていた骨董を手から離した。

「ああ、実は僕もあの資産家の遠い親戚で、今日はこの洋館を見て回ろうと思っていたんです。」
冷静に考えれば支離滅裂な発言。しかし、この人里離れた洋館に住む記憶消失の青年には
そんな発言ですら十分すぎるものだった。
「そ、そうなんですか。すいません。親族から何も聞かされてなかったもので。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。さてと、もう夜も遅いですし寝ることにしましょうか。」

「ああ、泊まっていかれるのですね。わかりました。」

笑顔でそう答えると、青年は男を寝室へと案内した。
記憶喪失のせいなのか、青年は寝室を見つけるのに苦労したが、それも
洋館の間取りを確認したい男には好都合だった。

翌日から男は洋館で暮らし始めた。
青年とこの洋館で暮らすことでさらなる骨董品を見つけ、手に入れられるかもと思ったからだ。
男と青年は一緒に暮らしていくうちに徐々に仲を深めていった。
男は次第に骨董品などよりも青年のために洋館に住むようになっていた。

「ねえ、君に一つ聞きたいことがあるんだ。」
あの日と同じような月が綺麗な夜だった。
青年は地面を見つめながら、あの時と同じ部屋で男に質問した。
「なんだ。」と短く返す。なんとなくではあるが自分の正体について聞かれる気がした。
「君ってさ、ここの人ではないよね。」
もう、冷や汗などかかなかった。心臓の鼓動ももう速くはらなかった。
優しく目を瞑り、無造作に置かれたあの骨董を指さしながら言った。
「ああ、そうさ。本当はあの日、俺はあの骨董を盗みにやってきてたんだ。」
「そう、なのか。やっぱり。」
青年の顔はなぜかあまり悲しそうではなかった。
「実はさ、僕もなんだ。」
青年はためらいもなく、突如としてそんなことを言った。
青年の言った意味がよくわからなかった。
「僕もさ、資産家の親戚なんかではないんだ。記憶喪失だってしてない。
 君と同じこの洋館の骨董を盗みにきたのさ。」
声が出なかった。
つまり、男が盗む機会を伺い、暮らしていた時青年も盗む機会を伺っていたのだ。
「でも、君と過ごしているうちに骨董なんてどうでもよくなってきたんだ。」
男は青年の言葉を聞いた後、黙って頷き言った。
これからも一緒に住もう、と。

洋館には今も変わらず、男たちが住んでいる。
洋館にあるものを売りながら、細々と暮らすこの生活がいつか破綻することを彼らは悟っている。
けれどもこの、「歪な友情」さえあればなんでもできる気が、二人はしていた。






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