私とお母さんとお好み焼き

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 お母さんは自分に言い聞かせるように、コクコクと頷いた。

「バズるっていうほどじゃないけどね。2、3年前くらいから2、3ヶ月に1回、動画を投稿してるんだけど、平均で30万回くらい再生されてるの」

 見ると、コメント欄には固定のファンがいるようだった。
 SNSでもたまに話題になっているらしい。
 私はほとんどSNSの類に目を通さない。シングルマザーや養子に対する偏見が嫌でも目につくからだ。だから、お母さんが逆に動画投稿やSNSでの拡散を逆手に取っていたことが、どこか痛快でもあった。

「この動画のおかげで、遠くから足を運んでくれるお客さんもいるのよ」
「そうなんだ……」
「でもそれだけじゃ、1回来たらもう満足しちゃうと思うの。だから今、店のコンセプト自体を少し変えてるの。客層をもう少しハイレベルにしたくて」
「え? どういうこと?」
「高級志向でいこうと思ってるの。それなら料金自体を高めに設定しても不自然じゃないでしょ」
「高級志向ってどういうの? ブランドもののお皿を使うとか?」
「というより、外観から、内装、お皿、料理、なんでも隙きを見せないってことかな」

 隙きを見せない……意味が分からず戸惑う私に、お母さんは説明をはじめた。

「例えば、使っているお皿はごく普通の瀬戸物なんだけど、毎回、欠けや汚れがないか慎重にチェックしてるわ。あとはお店の中はもちろん、外にも生活感のあるもの、週刊誌やらゴミ箱やらポストやらは絶対に置かないようにしてるし、内装も色落ちが目立たないような模様の壁紙や床材を使ってるわ。テーブルの汚れはもちろんだけど、ちょっとした凹みや傷も気づいたらすぐに直すようにしてる。え? そんなのホームセンターに行けば直すキットなんていくらでも売ってるわよ」
「……驚いた。お母さん、そんなに手先が器用だったのね」

 私の言葉にお母さんは、謙遜するように手を振った。

「操ちゃんの言ったとおり、私の実家は比較的裕福だったわ。だから分かるんだけど、生活にゆとりのある人達ほど細かいところを気にするものなのよ。それは値段が高いかどうかではなくてね。例えばお店のトイレなら、いつもキレイかとか、音漏れはしないかとか、便座の歪みやきしみはないかとか。もし高級な陶器の便座を使っていても、少しでも気に障ったらもう来ないんだから。ある意味たえず気を配ってなきゃいけないから、高級な便座を買うよりよっぽど大変なくらいよ」

 そういうものなのか……お嫁さんいびりをする姑のイメージが頭に浮かんだ。私は返事に困り黙ったままだった。

「私がお店で着てるエプロンも、ごく普通の値段のものだけど汚れや糸のほつれがないか毎回チェックしてるんだから」
「でも、それだけじゃお金持ちのお客さんは呼べないんじゃない?」
「実は最近、高級なお皿や置物のサブスクを利用しているの。清潔で行き届いた内装に高級な焼き物が一つあるだけで、お金ばかりかかっているくせに崩れた内装のお店よりずっと格式が上がるわ」

 お母さんは朗らかな声でそう言った。
 サブスク……つまり簡単に言えばレンタルということなのだろう。確かに購入するよりは安いだろう。
 
「しかも私がつくった動画やお店の中に、この高級皿や置物のサブスクを提供している会社の広告を入れてるの。それで幾らか支払いを割引いてもらってるのよ」
「そこまでするの?」
「そこまでするのよ」
「う~ん……でも、お金持ちとお好み焼きって結びつかないなぁ。まだイタリアンレストランのほうが分かるけど」
「あら、金持ちが毎日、寿司やらフォアグラやらを食べてると思ったら大間違いよ。彼らだってお好み焼きみたいな庶民の味は好きだもの。それにタクシーだって気軽に呼べるから、多少不便な場所にお店があっても関係ないしね」

 私はお母さんをまじまじと見つめた。確かに自分が裕福な家の出身だけあって、今の話にはなかなか説得力がある。
 しかし、ここまで論理的に分析しているとは思わなかった。お母さんはもっとふわふわした、お嬢様タイプだと思ってたのだけど……

「それから最後に一つ。肝心なこと」

 そう言うと、お母さんは人差し指を一本立てた。

「操ちゃん、勘違いしてるみたいだけど、お店は
「で、でも、お客さんの数は前より減ったって」
「客数は少し減ったけど、一人当たりの支払いは1.5倍にはなってるわ。お酒の分がかなり大きいわね。それに人件費を含めたコストはイタリアンレストラン時代の半分以下なんだもの。そりゃ儲けもでるでしょ」
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