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宿屋と騎士団長

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俺とイリスは宿屋に足を運んでいた。



≪ローレンワールの街・西の宿屋≫



「申し訳ありません。ただいま満室でして……」


 頭を下げ元の姿勢に戻った宿屋の店主は困ったような困っていないような表情をしている。


「一部屋でも良いんだが」


 俺は食い下がった。


「申し訳ありません」


 店主は再度頭を下げる。


「いや、済まない」


何度も頭を下げられると俺も悪いことをしたかなと思い宿屋を後にした。

 もう一つ規模の大きい宿屋が有った。そちらへ行くとしよう。



≪ローレンワールの街・東の宿屋≫



 夕日も沈み星が瞬き始めていた。

早く寝室を確保しなければ。

 東の宿も西の宿と遜色ない水準だ。

 宿に入り内装を見るだけでそれが確信できる。



「あの、ソウタさま……」



 イリスが俺の服の袖を引っ張る。



「どうした?イリス」

「あ、あの……トイレに……」


 しまった、気が回らなかった。


「すまないがトイレを借りたい」


 俺は宿屋の店主に声をかけた。


「はい、トイレは右手の廊下の曲がり角に有ります」

「ありがとう」


 俺はイリスをトイレに連れて行き、再び宿屋の店主に話しかける。



「宿屋に泊まりたい、混雑しているのなら一部屋でもありがたいのだが」

「申し訳ありません、ただいま満室でして……」

「なぜだ?街の西に有った宿屋も満室だったぞ。宿屋が不足しているのではないか?」

「はい、まさしくその通りなんですが先日から騎士団の皆様が宿泊されておりまして……」

「いつまでいるんだ?」

「その辺りの事情は私共には分かりかねます」

「と言うか騎士団は何人いるんだ?西の宿屋も満室だったぞ?どれだけ大所帯なんだ!?」


 俺は騎士団の人員数の多さを嘆く。どうせ俺一人よりも弱いんだろうが!


「大所帯なのでは無い」


 俺と宿屋の店主の会話に割って入って来たのは左手の廊下からやって来た鎧を身に着けた二人組の騎士だった。髭を生やした茶髪の男とスキンヘッドの男。


「お前らが騎士か?」


 俺は二人組の騎士を睨み付ける。


「はっはは!威勢の良い小僧だな!!」


 髭を生やした方が笑う。


「イキがるなら相手を選べ」


 スキンヘッドの方は表情一つ変えず俺に忠告する。

 さて、どうするべきか。

 適当な理由を付けて外に連れ出して殺せば部屋が空く。

 でもそれだと確実に怪しまれる。

 どう少なく見積もっても空間転移魔法の触媒魔道具を摘出するまでは人間の敵を多く作るのは上手くない。

 もしそうなっても最悪の場合には街ごと消滅させれば良いがイリスの事を考えてもそれはやはり上策では無いな。


「お前ら何のために集まっている?一般市民を相手に威張るために滞在しているのか?」


 あぁ~ん、しまった。口が勝手にぃ~。


「口の利き方も知らねぇのかァ!オォッ!!?」


 茶髪の騎士が鬼の形相で俺に罵声を浴びせる。


「殺すぞ」


 スキンヘッドの騎士が俺の胸倉を掴む。やってみろよ、死ぬのはお前らだ。


「やめないかっ!!!」


 左手の廊下の方向から咆哮が届く。

 見ると金髪碧眼の騎士がいた。


「だ、団長……!」


 スキンヘッドの騎士は慌てて俺から手を離す。


「諸君のように軽率に振る舞い、一般市民に対して横柄に振る舞う輩がいるから力無き者が平和を謳歌出来ないのだ!力有る者こそ力無き者に対して己を律して接するべきだ!」


 金髪碧眼の騎士団長は演説をブチ上げながらツカツカと歩み寄る。


「す、すみません、団長……」


 二人の騎士が声を合わせて金髪碧眼の騎士団長に謝罪する。


「謝る相手を間違えていないか?私は理由無く諸君を咎めなどしない。私が諸君を咎めた理由を己の胸に聞くが良い」


 騎士団長は全く目を逸らさずに凍てつくような青い目で二人を見据えた。


「す、すまなかった……」


 二人の騎士は俺に謝罪する。


「諸君は割り当てられた自室に戻りなさい」

「は、はい!」


 騎士団長に命じられた二人はそそくさと廊下の向こうへ消えた。


「すまなかった、私の部下への教練が行き届いていなかった。私の監督不行き届きだ。本来はあの者たちも善人なのだ。許してやってくれ」


 騎士団長は俺に謝罪する。あの二人が本来善人だかどうかは知らないが、真面目な騎士団長を見ていると憤りも収まるというものだ。


「いや、気にしていない」


 本当は少し気にしていたがそう言った。


「そう言ってくれると助かる」


 騎士団長の表情が少しだけ和らぐ。


「……ん?」


 俺は違和感を覚え声を漏らした。


「なんだね?」


 騎士団長が訊ねる。


「ひょっとしてアンタ、女か?」


 俺は騎士団長を男だと思っていたが、よくよく見ると女らしい顔立ちをしていた。

 喉仏も隆起しておらず、声も堂々としているが同時に凛としている。


「その通りだ」


 騎士団長は肯定した。

 しかしその青い目がますます凍てつくように冷たい色を帯びている事に気付く。

 少し和らいでいるように見えた表情も再びこわばる。

 あらら、地雷を踏んだかな?


「だが安心してくれたまえ。私はとうの昔に女を捨てた。女である事を理由に危険から逃れたり果たすべき責務を放棄したりする事は絶対に無いと誓える。華美に溺れたりもしないし君たちを危険に曝したりもしない」


 騎士団長は遠い目をして語る。その言葉は一般市民に対して慎重に選ばれたものだが声には微かに昂ぶるものを感じた。

 言うべきで無い事を言ってしまったようだ。

 とくに他意は無いと言外に示しても逆効果だろう。


「ソウタさまーっ!」


 トイレで用を足し終えたイリスが駆け足で戻ってくる。


「ふっ、可愛い彼女が来たようだから邪魔者は退散するとしよう」


 騎士団長はそう言って俺に背を向け廊下へと消えて行く。

 その声の響きは皮肉に満ちていて、その背中はどこか寂しげに感じられた。

 そう感じる事ですらあるいは騎士団長に対する侮辱なのかも知れないと思い、俺は騎士団長に背を向けイリスの方を向く。
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