偽りの恋人

夏目碧央

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ハグ

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 「ちょっと待って、離婚?そんなの、困るよ。私達結婚式までしたんだよ。親とか、親戚とか・・・だって、え、私バツイチになっちゃうの?やだよ、うそでしょ。」
ナナは狼狽えた。取り乱した。ヒロはハッとした。
「ご、ごめんナナ。ごめんね。僕、自分の事しか考えてなかった。そうだよね、今更、ナナは困るよね。どうしよう。」
ヒロはその場に座り込んだ。せっかくの嬉しい気分が、突然割れてしぼんだ。そんなヒロを見て、ナナもハッとした。
「ヒロ・・・私の方こそ、自分の事しか考えてないよね、ごめん。おめでとうって言わなきゃね。でも、台湾に行っちゃうって事は、もうあんまり会えないじゃん。私、そんなの嫌だよ。ヒロとずっと一緒にいたいよ。」
ナナはとうとう涙が抑えきれず、一度堰を切った涙は止めようもなく、涙と一緒に感情も一気に流れ出た。
「ヒロー、ヤダよー、好きだよー。離れたくないよー。うえーん、うえーん。」
幼子のように泣き出したナナを、ヒロは優しく抱きしめた。親友同士なら、してもおかしくはないハグも、この二人はほとんどしたことがなかった。ヒロが同性愛者だとしても、ナナはそうではない。ヒロの方が遠慮していたのだ。
「ナナ、ごめん。泣かないで。僕もナナが好きだよ。」
床にへたりこんで、二人はしばらく泣きながら抱きしめ合っていた。

 ナナが落ち着いてきたので、ヒロは立って台所へ行き、コーヒーを二人分淹れた。ナナも立ち上がってダイニングテーブルのところまで歩いて行った。
「飲んで。」
「うん。」
二人は向かい合って座り、コーヒーをちびちびとすすった。
「ナナ、もしかして僕の事が好きなの?あー、友達としてじゃなく。」
ヒロが静かな声で言った。ナナは首を横に振った。
「そうじゃない。友達として好きなの。私はただ、ヒロとおしゃべりしたり、ショッピングしたり、楽しく過ごしたいだけ。」
「そっか。」
二人はまた、コーヒーをすすった。
「僕が台湾へ行くの、反対なんだよね?」
ヒロがまた静かに言う。ナナはそれにはすぐに答えられなかった。しばらく考え込み、それから重い口を開いた。
「反対じゃない。嫌なだけ。ごめんね、素直に祝福してあげられなくて。」
そして、またじわっとナナの目に涙が浮かぶ。だが、ナナはもう泣き出さなかった。大きく息を吸って、そしてフーっと長く息を吐いた。
「ヒロ、おめでとう。良かったね、好きな人と結ばれて。幸せになってね。」
ナナがそう言って無理にニコッと笑うと、今度はヒロの方が泣き出した。両手で顔を覆い、しくしくと泣いた。ナナは椅子を引いて立ち上がり、ヒロの後ろへ歩いて行き、そっと後ろから抱きしめた。
「ナナっ、ありがと、う。僕、とナナは、ずっと親友だよっ。」
泣きじゃくりながら、ヒロが言う。ナナはうんうん、と何度も言った。
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