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四日目

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 朝目が覚めると、薫が起きていて、俺の顔を見つめていた。寝顔を見られていたのか。昨日のお返しってわけだな。薫はにこにこしている。俺はがばっと起きて薫を抱きしめた。
「こらこら、俺たちを無視してそういう事しないの。」
「まったくだ。理解はしていても見たくはない。」
彰二と津田に怒られてしまった。はい。理解してくれるだけで十分感謝してます。

 今日は一日班行動だった。一応点呼を取って、全員宿を出たかどうかの確認はする。そして、帰ってきた時も点呼はする。だが、今回は先生が点呼をやってくれるので、俺たちは他の生徒と同じように出発することができた。
 俺たちは嵐山方面へ電車で向かった。まずは太秦の撮影所を見学。忍者屋敷は面白かった。そして再び電車に乗って嵐山駅へ。ちょうどお昼時なので、駅の近くの店に入る予定になっていた。
「あ、豆腐料理のお店だって!僕、豆腐料理大好き。」
と薫が言ったので、有無を言わさずその店に四人で入った。和食の料亭なんて、友達同士で入るのは初めてだった。個室に通され、豆腐のコース料理を注文。なんて大人なんだ。
 お料理は、豆腐を焼いたものやら煮たものやら湯豆腐やら、豆腐ばかりでできているとは思えないバリエーションだった。和食、素晴らしいぞ。薫も一つ一つ感動して食べていた。
 料理を食べ終わり、お茶を飲みながらちょっとゆっくり。今朝、見たくはないと断言されてしまったので、せっかく個室だけれど、薫に触れるのはやっぱりやめておくか。だが、触れないけれど、薫はこの四人だけの時は、それ以外の時と態度がちょっと違う。態度というか、視線が違う気がする。やけに俺の顔をじーっと見るような気が。うっかり赤面。
「な、なんか暑いな。」
「そうか?ん?京一顔が赤いぞ。大丈夫か?」
彰二がそう言うと、津田がくくくと笑った。
「なになに?」
彰二は全く分からず、きょろきょろと他の三人の顔を見回す。
「けどさ、矢木沢があんなに人気者だとはなあ。そう考えると、なんかこう、優越感っていうの?感じない?」
と言って津田は彰二の方を見た。
「それを言っちゃあ、京一が調子に乗るから。まあでも、俺は優越感は感じないね。たまたま家が近いってだけだし。」
「そんな事ないぞ、彰二。」
俺は彰二の肩をポンポンと叩いた。
「薫は、感じるだろうね。そりゃあ、ねえ。」
津田は自分一人で納得したようにうんうんと頷いた。
「優越感なんて、とんでもない。僕なんかおこがましいっていうか、申し訳ないっていうか。」
薫は両手をパタパタ振ってそう言った。
「まあ、京一がアイドルでいる限り、うちの学校は平和だから。」
彰二がそう言った。
「ん?どういう意味?」
俺がそう言うと、
「生徒の代表が前に立って号令をかける時、普通あんなにみんなが注目してくれるもんじゃないだろ?うちの生徒が整列も点呼も速いのは、京一が注目度の高い人物であるが故だよ。」
と彰二が説明した。
「なるほど。」
津田はあごに手を当てて頷いた。
「だからさ、許してやってよ、滝川。なかなか二人きりになれないのも、学校平和のため。ひいては世界平和のためと思って。恋人としては、あんなにみんなに愛想振りまいてないで、自分だけを見てほしいって思うのは当然だけど。」
と言って、彰二は横目でジロっと俺を見た。
「僕はそんなこと思ってないよ。京一はみんなの人気者でいてほしいもの。」
「それで、優越感を感じるんだろ?みんなのアイドルは僕の事が好きなんだーって。」
津田に突っ込まれ、薫は頬を膨らませた。
「だから、優越感なんてないってばー。」
うーん。複雑な気分。何と言えばいいのか分からない感じ。
「みんなが俺のところに来るのは、俺が生徒会長だからじゃないのか?有名人だから何となく注目しちゃうっていう。」
と俺が言うと、三人して首を振り振り、
「いやいや。」
とそれぞれ言った。だが、多分それだ。薫が優越感を感じてくれるかも、と思って生徒会長に立候補したんだし。
「まあ、確かに矢木沢には華やかさがあるよな。女にもさぞかしモテるんだろうなあ。」
津田がそう言うと、彰二と薫は今度は縦に首を何度も振った。
「そんなことねえよ。さ、そろそろ行こうぜ。」
俺はそう言って伝票を取って立ち上がった。
 個室を出て出口へ向かっていると、すれ違った女性客たちがちらちらと振り返った。そして、会計をする時、店員のおばさん、いや、お姉さん?が、
「あらあ、お兄さんイケメンやねえ。これサービスしちゃうわ。」
と言って小さいお饅頭を四つくれた。
「わぉ、ありがとうございます。」
と言ってにっこり笑うと、
「まあ、お会計もタダにしちゃおうかしら。」
とまで言う。
「えっ?そんな事しないでください、払いますから。」
俺は慌てて言った。

 店を出て、まずは外せない渡月橋へ向かった。駅から歩いてすぐだ。まだ紅葉には早いが、渡月橋から嵐山の木々が見えて良い眺めだった。渡月橋ってけっこう長いんだな。後ろを振り返ってはいけないとか言われると、やけに後ろが気になったりする。橋の上で写真を撮ってる人もいて、あれは写真を撮られる方か撮る方のどちらかが振り返っちゃってるよな、と思った。
 渡月橋を渡り切って嵐山公園に入ると、写真を撮ってくださいと何人かに頼まれた。今日は平日だが、外国人の観光客が多い。それにしても、やたらと写真を頼まれる。そして、おばちゃんから飴をあげると言われ、外国人の女性二人組からは、俺も一緒に写真に入ってくれと言われて三人の写真を撮ったりした。
「何か、矢木沢と旅行してると面白いな。」
津田が笑いながらそう言った。
「学校でも目立ってるけど、外に出るともっと目立ってるね。」
薫もそう言った。
「以前よりも更に目立つようになってるな。お年頃だね。」
と彰二も言った。

 再び渡月橋を渡って戻り、足利尊氏が建立したという天龍寺や、源氏物語の「賢木の巻」の舞台である野宮神社を見て回り、トロッコ嵐山駅からトロッコに乗って嵯峨嵐山駅へやってきた。これで今日の自由行動は終わり。後は宿に帰るだけだった。今夜が修学旅行最後の夜。なんとしても薫と二人きりになれる場所を見つけなければ。

 宿に戻って、夕食の前に風呂に入った。今日の風呂は昨日ほどイモ洗いでもなかった。班ごとに帰ってくる時間が違っていたからだろう。だから、今日は意を決して薫の裸を見た。そんで、一緒に湯舟に浸かった。せっかくの機会なのに不意にしてはもったいないと、ここ数日で少し大人になった?俺だった。一緒にいられる時は贅沢な時間だから、大事にしないと。薫は終始顔が赤かった。お湯の温度が高かったのかな?
 食事に行って、部屋に戻った。今日はもたもたしないで、部屋を一人で出て、あちこちホテル中を歩き回った。どこか空いている部屋はないだろうか。いろんな奴に会って、話をしつつも急いでる風を装ってすぐに切り上げ、見て回った。すると、食事をした部屋が暗くなっているのを発見した。宴会場で広い畳の部屋だが、もうここには恐らく誰も来ないだろう。明日の朝まで。ここに薫を連れてくれば・・・。夜中に部屋に戻ればいい。
 急にドキドキしてきた。鼓動が早鐘のように打つ。部屋に走るようにして戻った。部屋に入ると、なんと三人だけではなかった。
「矢木沢君、お帰り!」
等と言って、俺を数人のクラスメートが迎え入れた。ああ、どうやったら薫をあそこへ誘い出せるんだ?
「あ、ちょっと待って。彰二、ちょっといいか。」
俺は彰二に耳打ちした。
「薫に、さっき夕飯食った部屋に行っててって。」
彰二はオーケーと言ったが、すぐには薫に伝えず、俺がクラスメートたちの中に入って行って注意が彰二から逸れた後、薫に話したようだった。薫が部屋を出て、少ししてから、
「俺さあ、行くところがあるんだよね。」
と言って、立ち上がった。
「え?どこ?」
と尋ねられたけれど、それには答えず、
「今夜はもう帰らないから。」
と言って部屋を出ようとした。ふと思い出して振り返り、彰二と津田に、
「よろしく頼むな。」
と言ってから部屋を出た。クラスメートたちは皆ポカンと口を開けて静まり返っていた。俺は部屋を出て扉を閉めたが、中の様子が気になって聞き耳を立てた。すると、
「帰らないってことは、どこかに泊まるってことかな?」
「誰かの部屋に?」
と、戸惑いの声が聞こえてきた。すると津田が、
「そういえば、今日あいつナンパされてたなあ。」
と言った。
「それって、女の人?」
と誰かが聞く。
「年上の女性だったよな。」
と彰二に確認した模様。
「じゃあ、ホテルの外に行くってことか?」
と誰かが言う。なるほど、そういう事にしておけばホテル内を探し回られる事はないわけか。津田、考えたな。だが、誰かが先生に報告でもしたらまずくないか?
「どうだろうなあ。修学旅行最後の夜だし、いつもと違う友人と過ごそうって事かもしれないし?」
すかさず彰二がフォローした。
「先生、とか?」
誰かが言う。そして静まり返る。そろそろここを離れないと、みんなが部屋から出てきてしまうなと思い、俺は急ぎ足で宴会場へ向かった。宴会場は階が違う。行くところを誰かに見られてはまずいので、エレベーターではなく非常階段を使った。薫はちゃんと行けただろうか。ちょっと不安になり、小走りで向かった。

 食事をした宴会場は電気が消えていて、障子は開けっ放しになっていた。中を覗くと窓際に人が座っているのが見えた。
「薫?」
「京一?」
よかった。薫が来ていた。俺は注意深く廊下を見渡し、誰もいない事を確認して、障子を閉めた。そして窓際へ向かう。窓の外にはこのホテルの看板が煌々と光っていて、部屋の一角を照らしていた。ここなら薫の顔も良く見える。ただ、立っていると外から見えてしまう恐れもあるので、畳に座っていないと危険だ。俺は部屋の隅に積み重ねてある座布団を二つ持ってきて、明るい場所に並べて敷いた。
「待たせてごめんな。」
「うううん。ここ、見つけてくれたんだね。」
「約束しただろ、必ず二人きりになれる場所を探すって。」
「そうだね。」
などと言いながら座布団に座る。が、二人して噴き出す。向かい合って正座して座ってしまったら、なんだかおかしかったのだ。いったん足を崩し、窓の下の壁に背を付けて並んで座った。そして、手を握る。近くでお互いの顔を見合った。
 待ちに待ったこの時。なのに、いざとなると体が震える。ふっと、薫の目に不安の色が現れた。
「迷うの?」
薫はそう言った。
「何を?」
「そういう仲になること。」
「迷ってなんか!」
「京一には、もっとふさわしい人がたくさんいるよね。より取り見取りなんだし、最初の恋人が僕なんかじゃあ・・・。」
そんな事を言って、薫は顔を向こう側に背けてしまった。ふがいない、俺。
「何言ってんだよ。俺は薫が誰よりも好きなんだ。・・・しょうがないだろ、いろいろ初めてなんだから、そう格好よくは決められないんだよ。」
俺も、ついそっぽを向いてしまった。ああ、せっかく二人きりになれたって言うのに、俺たちは何をやってるんだか。
 お互いそっぽを向いてしまったけれど、その分背中をくっつけていた。それだけで、触れている部分が暖かくて、幸せ。他の誰かとは全然違う、好きな人と触れているという幸せだ。
「そういえばさ、薫がどうして俺の事を好きになったのか、聞いてなかったよな。」
俺は背中をくっつけたままポツンと言った。
「僕はね、もちろん生徒会選挙の時に京一の事は知ったけれど、その時は別になんとも思ってなかったんだ。だけど、窓際の、校庭が良く見える席になった時、体育をしに来る京一を見かけたんだ。それで、クラスメートと笑い合ってるのを見たら・・・」
薫は急に黙った。
「薫?」
俺は不安になって振り返った。薫も振り返った。薫の目が潤んでいた。薄暗い中、目がキラキラしている。まるでダイヤモンドのようだ。
「太陽のように笑うなあって。胸が苦しくなった。クピドーの矢にハートを射られたみたいに。」
「クピドー?ああ、キューピットの事か?」
「それから、いつも校庭に来る君を見てた。見るたびに好きになって。」
涙が一筋、薫の頬を伝った。俺は薫を抱きしめた。
「どうして泣くんだよ。」
「分からない。」
「俺も、クピドーの矢にハートを射られたな。」
あの、中庭でヴァイオリンを弾く薫を見た時に。
 しばらくそのままじっとしていた。薫が落ち着くまで。涙が引くまで。薫の方が、先に体を離して俺の方を見た。そして笑った。もう涙は引いていて、ちょっと照れ笑いな感じだった。
 改めて、薫の唇を見る。薫は笑っていた口元を戻し、ゆっくりと目を閉じた。俺はそれに誘われるようにそっと口づけた。
 俺たちは初めてのキスを交わした。そして、もう一度。薫を座布団の上にゆっくりと倒し、もっと深く。俺たちは何度も何度もキスをした。時間の経つのも忘れて。
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