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興雲閣

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 松江城を出た。このまま松江城の背後へ回ってずっと行けば、小泉八雲記念館へ行ける。が、先程近くを通り過ぎた興雲閣にも行きたい。事前にガイドブックで見た限りでは、特に中に入らなくてもいいと思っていたのだが、先程チラリと外観を見たら、やっぱり中へ入りたくなった。写真では分からない良さがある。なんというか、ミステリアスというか。異質感とも言えるかもしれない。日本の地にはそぐわない、ましてや日本の城の隣にあるのが不自然な色と形。何故か惹きつけられる。しかし、先程道が二股に分かれていた時に、先に興雲閣へ行くべきだった。これだと後戻りだし、その後にまたこっちへ来なくてはならないのだ。行ったり来たりだ。
 近くに茶屋があるようだったが、私は抹茶が飲めないので、そこではなくて興雲閣の中のカフェに行こうかなと思った。メニューを見てから考えよう。
 また階段を少し下り、木の根っこなどでボコボコした所を通り、興雲閣の前へやってきた。エメラルドグリーンの洋館。二階建て。バルコニーがあって洋館に見えるが、よく見ると屋根は三角の瓦屋根。やはり異質だ。
 あまり人が出入りしていない。でも、この中に入るのは無料だった。入り口から入ると、簡単な見取り図が貼ってある。正面には赤い絨毯敷の階段がある。ドレスを着て、振り返って写真などを撮りたいような場所だ。そういえば、結婚披露宴の後に、こういう階段で写真を撮ったな。そうそう、2人で撮ったり、友人たちと一緒に撮ったりした。でも、今は誰もいない階段をパシャリ。ガイドブックには自撮りしたくなる、みたいな事が書いてあったが、とんでもない。遠くから撮ってもらうならまだしも、こんな美しい背景に自分の顔をアップで入れるなんて、ありえない。誰もいないわけでもなく、時々観光客が入ってくるから気が抜けない。こんなメルヘンチックな所で自撮りしている所など、絶対に誰にも見られたくない。
 階段を上った先が縦長の窓になっていて、薄いカーテン越しに柔らかな光が差し込んでいる。そこは踊り場で、更に上へ上ると2階へ上がれるのだ。1階をチラチラッと見てから、2階へ上がった。リボンとバラの模様の派手な絨毯に、赤くて分厚いカーテン。壁や柱は相変わらずエメラルドグリーン。畳の部屋もあった。大広間に入ると、すごく広くて、グレーで無地の地味な絨毯が敷いてある。だが、天井が木の板張りという異質さ。素敵だ。この大広間は今も予約すれば使えるらしい。バルコニーにも出られる。手前にテーブルとイスがあって普通に座って良さそうだが、ここがカフェなわけではないようだ。あれ、カフェは?
 1階へ降りて、見取り図をまたよくよく見てみた。そうしたら、入り口のすぐ横の扉がカフェの入り口だった。2階だと勘違いしていた。時刻は13:45と、半端な時間ゆえに客も1人しかいなかった。
 カフェの入り口の外にメニューの看板があった。うん、ここにしよう。良さげなケーキがある。ハーブティーもある。カフェの扉を開けて中に入ると、まず注文をしてくれと言われた。若い女性店員2人がカウンターにいた。ハーブティーと、イチゴとピスタチオのチーズケーキを注文した。それぞれ500円だった。現金のみと言われた。なんか、やっぱり松江の女性は言い方がはっきりしているというか、ちょっときついのかな、と思った。こんな若い人でさえ。
 番号札をもらい、好きな席に座って待っていると、番号を呼ばれた。取りに行くと、そこには笑顔が可愛い店員さん。マスクはしているが、かなりの美人と見た。
「食べ終わったら、そのままお席に置いておいてください。」
と言ってくれたのだが、とても雰囲気が優しい。そうだよな、松江にだって優しい女性はたくさんいるよな。そして、トレーに乗せられた物を席へ運んだ。だが……こんなにお客が少ないというのに、運んできてくれないというのも、やっぱり客に優しくないかもしれないな。
 さて、改めて注文した品を見る。チーズケーキはベージュとピンクと若草色で、まるで菱餅みたいだが、横に丸くホイップクリームが添えてあり、とても美しい。しかし、このケーキは意外に小さい。そして、ハーブティーもガラスのカップに一杯だけ。これでそれぞれ500円とは、けっこういい値段だ。地方と言えども観光地だからな。まあでも、美術館のカフェにしては高くないだろう。
 ハーブティーがあるのはありがたいので、味はあまり気にしない。それでも、カモミールが主体の割と好きな味だった。チーズケーキの方は、それはもう、一口食べたらにんまりするくらい美味しかった。イチゴのムースが甘酸っぱくてとても美味しい。三角形の尖がっている部分から食べていき、美味しい美味しいと思っていたが、最後の部分がピスタチオのムースばっかりで……イチゴの部分が多い方が美味しかったな、と思った。だが、念願のお茶が出来て満足だ。前回、夏に一人旅をした時には、ケーキという物を食べなかったという多少の後悔が残っていた。その土地ならではの物を食べようとして和菓子になりがちだったし、そもそも飲食店にあまり入らなかったのだ。入ろうという時にはなかったというのもあるが。それもきっちりスケジュールを決め過ぎていたせいかもしれない。
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