上 下
6 / 41

フライト(羽田→米子)

しおりを挟む
 10分後、先程とは別の店員さんが、トレーにコーヒーを乗せて私の前に現れた。わざわざ持ってきてくれたのだ。カップの持つ所には、スタバの紙袋と同じ紙の帯が掛けられている。持っても熱くないようにする為だろう。その帯の所を持って受け取り、私は立ち上がって歩き出した。
 今、北の端にいる。そこから南の端へ行くのだ。いくつもの動く歩道を越え、延々歩く。さっきスタバを目指した時は約半分だったわけで、今は先程の2倍近い距離を歩いている。ヘトヘトな上に、のどの渇きがエグい。すごくこのコーヒーを飲みたい。まあ、すぐ飲んだら熱いかもしれない。でも、それよりも、開けてしまったらこぼれるという心配があった。
 テイクアウト用のカップには、プラスティックの蓋が被せてある。真ん中辺りにへこみがあって、その手前に突起がある。突起を穴の方に倒すと、口が切れて飲み口が現れるようになっている。今は塞がっているわけで、歩いて揺れても、中身はこぼれない。だが、口を開けてしまったら、また元に戻そうとしても切れ目はできてしまう。そうしたら、絶対にこぼれる。危ない。
 一人で自由気ままな旅をするはずが、こんなにのどの渇きを我慢しながら、疲れても歩き続けているとは。ちょっと笑える。でも、どうしてもそうせざるを得ない。これは致し方のない我慢なのだ。
 けっこうコーヒーは熱い。ずっと帯を持っていると熱くなってくるので、蓋と底とに指を掛け、カップの上下を挟むようにして持って歩き、少ししたらまた帯を持つ。その繰り返しだ。そして、後もう少しで着くというところで、カバンの上に濡れたような跡を見つけた。おや?おやおや?どうやらコーヒーがこぼれたらしい。開けてないのに。そうか、カップと蓋の間から、じわじわとこぼれてしまったのか。さすがにずっとフリフリしていたら、ここからもこぼれるのかー。やっぱり無謀な事をしたようだ。こんなに、反対側の端までドリンクを買いに行くなんて、馬鹿げた所業だったのだ。
 10分ほど早歩きをして、やっと67番の前にたどり着いた。人がたくさんいる。もう8:50になっている。だが、フライト時間までは25分ある。適当に空(あ)いている椅子を見つけてそこに座り、隣の椅子にスタバ商品を並べて写真を撮った。いかん、椅子にコーヒーの丸い跡がついてしまった。ティッシュで拭く。そして、やっと口を開けて一口飲んだ。あの小さい口から飲むと、熱いのではないかといつもビクビクしてしまうのだが、熱くなかった。もう冷めたのか、もともと火傷するほど熱くなかったのかは分からないが。
 すると、アナウンスが流れた。
「ANA383便、米子空港行きは、8:55より搭乗を開始致します。」
うわっと、あと5分を切っているではないか。こりゃいかん、先にトイレに行っておかないと。スコーンはまたトートバッグに入れ、コーヒーを手に持ち、トイレに入った。トイレの個室内には荷物を置く場所があるので、そこにコーヒーを置く。仕方がない。一人なのだから、飲み物だって持ち込まないといけない。しかし、ここにスーツケースがあったら大変だった。手が足りない。あり得なかったな。
 トイレから出てくると、先程座った席が埋まってしまった。食べるのは飛行機の中にしようかなと思った。少し立っていたが、搭乗は先に優先されるべき方から、続いてグループ1の方から、とアナウンスが流れている。改めて自分のチケットを見ると、グループ3と書いてある。まだなのか。それなら、先に食べよう。
 さっきとは別の椅子を見つけて、そこに座ってスコーンを食べた。おぉ!美味い。スコーンって、もっとパサパサするものかと思ったが、これは思った以上にチョコレートがたくさん入っていて、全然パサパサしない。コーヒーと合う。コーヒーも美味しい。デカフェなので、ちょっとは薄い。普通、専門店のコーヒーは濃いと感じるものだが、やはりデカフェだと自宅で飲むインスタントとあまり濃さは変わらない。それでも、味は美味しいと思った。うーん、スタバならデカフェが間違いなくあるし、これなら私も飲める美味しいコーヒーだ。これからはちょくちょくスタバを利用しちゃおうかな。って、さっきまでの「チケットは今日使いきらないと一生使わないだろう」というメンタルはどこへ行ったのやら。
 搭乗の順番がグループ3に回ってきた。あと一口あったスコーン。ここまで来たら食べてから。急いでもぐもぐやって、紙袋はゴミ箱に捨てさせてもらって、搭乗した。
 片手にコーヒー。おしゃれかどうか分からないが、返す返すもスーツケースは預けて正解だと思った。狭い通路をずんずん機体の後方へ歩いていき、自分の席を見つけた。マスクはしていない。今までスコーンを食べていたから。飛行機は換気が完璧だと聞いたことがある。だから大丈夫だろう。少し前までなら、機内でマスクをしない人がいると離陸できないようだったが。
 3人掛けの窓際が私の座席だ。この3人掛けに他の乗客はいなかった。席は翼の少し後ろ。前の座席の背面には、モニターと多数のボタンがある。今、モニターには何も表示されていないので、自分の顔が映っている。早速スマホを、機内で使えるWi-Fiに接続してみた。離陸後5分経ってから繋がるらしい。そのWi-Fiに接続するには「機内モード」にする必要がある。必然的に離陸5分後までは電波を発しない状況になっている。なかなかやるな。
 席に着いたのが9:10で、フライト開始予定時刻は9:15だ。飛行機は乗り込みがタイトだと、いつも思う。これだけの乗客が、よく数分で自分の席にたどり着き、荷物を棚などに上げ、座ってシートベルトを締めるところまで行くよなーと感心してしまうのだ。子供ばっかりだったらこうは行かないだろうな。大人って流石だな。なんて、変な事を考えたりする。
 さて、飛行機が動き出した。東京の空は快晴である。これは景色が期待できるぞ。例によって、離陸の順番待ちが生じる。飛行機たちが並んでよちよち(?)進み、順番を待ち、自分の番になったら急激にスピードを上げて走りだし、あれよあれよという間に空へと飛び立つ。
 東京の街が見える。はじめは空港の周りが、更にはビルや公園の緑が見えてくる。小さくなりながらも視野が広がってくる。東京ドームも見えた。遠くには山の稜線が見え、富士山が!不必要なほど、ついついガラス窓にスマホをくっつけて写真を撮ってしまう。昔、携帯電話もデジカメもない時代、カメラで窓の外の写真を撮っていたら、これも電波を発するから、離着陸の際はダメだと言われた事がある。本当かな。
 東京の街から離れ、富士山に近くなってきた。上から富士山を見るという経験を、まだした事がない。曇っていたり、窓際ではなかったり、夜で真っ暗だったりして。今日は、見えそうだ。
 富士山を真上から、というわけではなかったが、だいぶ近くまで行った。ズームで撮影したら雪の筋までよく写った。富士山上空を通り過ぎた直後、雪の筋がずーっと連なっているのが見えてきた。雪が積もっている所は標高が高いという事だろう。他の山よりも高い場所が連なっている。これはまさしく日本アルプス!地図を見なくても分かる。ちょうど先日、寒気がやってきて山の上に雪を降らせたから、標高の高さが良く分かるのだ。
 こうやって、どこだか分かるのは楽しい。だが、間もなく雲だらけになってしまった。夏の雲はもくもくしていて面白いが、今日の雲はほぼ真っ白な絨毯で、面白みがなかった。やれやれ、西日本は天気が悪いという予報だったからな。これからは新聞を読もう。
 前のモニターで映画なども見られるが、新聞を読んでしまわないといけないので、スマホの画面を眺める。途中飲み物の提供があったが、コーヒーもまだ少し残っていたし、リンゴジュースを半分程もらった。なんだかトイレに行きたくなりそうだ。
 10:30に着陸予定だった。その10分くらい前だろうか、やっぱりトイレに行きたくなってきた。せっかく催したのだから、行っておくべし。きっとまだ間に合う。すぐ後ろにトイレがあった。立ち上がってトイレに行くと、CAさんが扉を開けてくれた。なんだか急いでいる様子。そうか、そろそろシートベルト着用サインが出るのか。
 トイレに入るや否や、シートベルト着用サインが点灯した音が鳴った。「ポーン」と。そして機内アナウンスも。焦ったものの、用はすぐに済み、席に戻ってシートベルトを締めて、それからしばらく経ってから着陸したのだった。お腹もすっきりしたし、間に合ったし、めでたし、めでたし。いやいや、まだ物語は始まったばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初めての一人旅in金沢~富山

夏目碧央
エッセイ・ノンフィクション
 小説はイメージが大事だ。だから作家はミステリアスな方がいい……と、ペンネームを夏目碧央にしてからは、年齢、性別、本職などを明かさずに来た。だが、作風に行き詰まりを感じ、エッセイでも書いてみうようかと思った。幸い一人旅をするチャンスが訪れ、なかなかにドラマチック、いや、珍道中になったので、旅行記を書いてみた。どうも碧央はエッセイが得意分野のようで、ぜひ多くの人に読んでもらいたい出来栄えになった。もうこれは、本性をさらけ出してでも、エッセイを公開するしかない。これを読めば作家のすべてが分かってしまうのだが。  2022年8月、碧央は初めての一人旅に出かけた。新幹線で金沢へ。普段の生活から離れ、自由を謳歌するも、碧央は方向音痴だった……。さて、この旅はどうなるのか。どうか最後まで見届けて欲しい。

長年の憧れ!さっぽろ雪まつり~ウポポイ(民族共生象徴空間)

夏目碧央
エッセイ・ノンフィクション
長年の憧れだったさっぽろ雪まつりに行く事に。しかし、寒さが心配。あれこれ準備するが……。予期せぬ前日の用事から始まり、あまりに幸先の悪い出来事。何とか到着したものの、お腹が……。最後まで目が離せない!……多分。

ちゃぼ茶の実際に見た変な夢シリーズ

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
私ちゃぼ茶は夢を見ることが多くその夢はいい夢ではほとんどないです。後から考えても意味のわからない、ストーリー性が全くない話ばかりです。自己満ですが記録として残せたらなと思います。みなさんが見た変な夢があったら感想で教えてください🙇‍♂️

とある少年の入院記録

Cazh
エッセイ・ノンフィクション
高校二年の秋——うつ病の僕は入院することとなった。 この日記は、僕の高校生活の中にある空白の三週間を埋めるピースである。 アイコン画像提供 http://www.flickr.com/photos/armyengineersnorfolk/4703000338/ by norfolkdistrict (modified by あやえも研究所) is licensed under a Creative Commons license: http://creativecommons.org/licenses/by/2.0/deed.en

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

屋台の夜から暮らす猫

猫の侍
エッセイ・ノンフィクション
年に1度のお祭り。初恋の男の子とのデートを親友に譲った私は花火の音で目が覚めた。千里屋台と呼ばれるとても長い屋台の行列。猫じゃらしゲームで出会った猫と儀式をしないと町が滅ぶってどういう事?

【R 18】現役小学校教師と秘密のSEX

kira jun(仮)
エッセイ・ノンフィクション
先生だってオナニーするんだよ

処理中です...