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「きもっちわる……」

呟いたと同時に脇腹をイライジャにど突かれた。

「いった……!」

「聞こえたらどうするんですか」

イライジャが咎める理由は分かる。
まだ見える距離にオリビアの姉がいるからだ。

「だから小さい声で言っただろ」

「心の中で留めてください」

「気持ちは分かりますけど、てか?」

「否定はしませんよ」

オリビアの姉がいた時は愛想笑いを浮かべていたくせに、今はその目に明らかな嫌悪があった。

「ありえないでしょう。王族の、ましてや王の執務室に無理やり入ろうとするなんて」

「いやぁ、ほんと気持ち悪いよねぇ」

部屋に入れなかったのは単にオリビアの姉が気に入らないからだけではない。
機密事項の書類などが多く置かれている王の執務室に他国の姫を入れるなんてありえない話だ。

まぁ、オリビアだったら話は別だけど。

オリビアの姉の縦横無尽な振る舞い、なんでも自分の思い通りになると信じて疑わない態度。

そして、今朝のオリビアに対する暴挙の数々。

「あれ、なにか大きな勘違いをしているようですね」

「想像するだけで身の毛がよだつよ」

「離宮が代々王妃様が住まわれる場所だと知ったら発狂するんじゃないですか」

「発狂しようがどうしようが彼女には一切関係のない話さ」

そう、関係のない話。

俺がエメラルド国に婚姻を申し込んだ相手は最初からオリビアだったのだから。

「ロゼリアージュ様」

オリビアに付かせたラビンスが姿を見せた。

「どうした」

「オリビア様がそろそろお目覚めになられるかと」

「そうか。すぐ行く」

「かしこまりました」

オリビアが目を覚ます頃に教えてほしいとラビンスに頼んでいた。

どんな相手でも歌を聞かせればたちまち眠りについてしまうラビンスの能力。
術をかけた相手が目を覚ます頃合いを知らせるなんてお手のもの。

「オリビアは良い夢を見てくれたかな」

「そこまでは分かりかねます」

「残念」

「ただ……『お母さん』と寝言を言われてました」

「お母さん、ね」

彼女の母親は今頃どうしているんだろう。

「……許せません」

ラビンスが震えた声で言った。

「何故オリビア様があのような仕打ちを受けなければならないのですか。あの方ほど幸せにならなければならない方は他にいないのに」

よく分かっているじゃないか。
やはりラビンスをオリビア付きにして正解だった。

ラビンスは普段感情を表に出すことがあまりない。
それなのに今は眉間に深い皺を作り、険しい表情だった。

オリビア、まったく君という子は。
昔から何も変わらない。

簡単に心を許し、その心に触れた者を魅了する。

残念ながらエメラルド国ではそうではなかったようだが。

「全くその通りだよ。彼女も、彼女の母親も幸せになるべき人たちだ」

だが、気がかりなのは母親の方だ。

オリビアがサファイア国へ来た時、異様なほどに痩せ細っていた。
顔はやつれ、頬はこけていた。

そして彼女が見られることを異様に拒むその体。
姉のオリビアに対する仕打ちからするに、それがなんなのか想像に難くない。

嫌な予感しかしなかった。


彼女の母親に最悪なことが起こったとしたら、それを知った時、俺はこの国の王として冷静でいられるだろうか。
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