上 下
15 / 32

14

しおりを挟む
一日があっという間に終わるという感覚は生まれて初めてだった。

可愛い雑貨屋や衣装屋など、ロゼ様に目が回るほどたくさんのお店に連れていってもらい、食べきれないほどの食事やお菓子も頂いてしまった。
どれも食べたことがなく、とろけそうなほど美味しいものばかりだった。

気付けばオレンジ色の夕日が街を染めていた。

「ロゼ様、申し訳ございません。たくさんお時間を取らせてしまって……」

「今日はオリビアのために一日空けておいたから大丈夫だよ」

安心させるようにロゼ様は微笑んでくれた。
その視線が私の手元へ移る。

街を散策している間、ずっと女の子からもらった花を握りしめていた。

それを時折見ては、ロゼ様は何か言いたそうな顔をしていたのだ。

「あの……なにか?」

「いや……」

聞いても言葉を濁すだけで答えてくれない。
もしかして城に持ち帰ってほしくないのかも……。

「このお花、持ち帰っちゃだめでしょうか?」

「えっ、あ、そんなことはないよ」

またロゼ様が笑ってくれる。

疑問が晴れず不思議に思ったが、花を持ち帰っていいと言われ、ほっとした。
花瓶を持っていないけど、ラビンスにお願いしたら用意してくれるかな。

部屋に飾ったらきっと素敵。

その時はそう思っていたのに……。

城へ帰るためにロゼ様に手を引かれ、馬車に乗ろうとした時、気付いた。

綺麗な花を咲かせていたはずのそれは、今は力なく、くたりと俯いていた。

なんで?と思うより先に原因が頭に浮かんだ。

初めてもらった花が嬉しくて嬉しくて、それでつい強く握りしめていたからだ。
それも街をまわっている間ずっと。

小さな花はそれに耐えられなかった。

胸が痛むほどの悲しさと切なさが波のように押し寄せ、それら全てが涙に変わった。
拭うことさえ忘れ、涙がぼたぼたと頬を濡らす。

ロゼ様がぎょっとした顔をした。

「オリビア!?」

汚くて醜いから泣くなと、エメラルド国では言われてきた。
泣くことを我慢することにも慣れていた。

でも、今は無理だった。

声を押し殺そうとするのに、嗚咽が漏れ、涙が止まらない。

「どうした!?」

ロゼ様の問いになんとか答えようとする。

「はな、がっ……花が……うぅっ……枯れてっ……」

途切れ途切れになりながらもロゼ様には花が枯れてしまったせいだと伝わったようで、そっと花を受け取った。

「ラビンス」

「はい」

私の世話をしてくれるために着いてきていたラビンスに花を渡す。
割れ物を扱うように花を両手で受け取り、ラビンスは一礼して下がった。

「泣かないで、オリビア」

まだ馬車にも乗っておらず、街中だというのにロゼ様は視線を気にすることもなく、優しく抱きしめてくれた。

「オリビアは優しすぎるね。花はいずれ枯れてしまうものだよ」

「でもっ……私の、せいでっ……」

ロゼ様は眉根を下げ、イライジャを呼んだ。

イライジャがロゼ様の傍へ来る。
その手にはリボンがついた小さな箱があった。

「優しすぎるオリビアには、枯れない花をあげようね」

イライジャから小さな箱を受け取り、ロゼ様はそれを私に渡した。

「これは……?」

「開けてみて」

言われるがままリボンをほどき、箱の蓋を開ける。

その中にはきらきらと輝くクリスタルの花があった。
光を反射して七色に輝くそれは、美しい髪飾りだった。

「きれい……」

「泣き止んでくれた?俺からオリビアにプレゼント」

髪飾りを手に取り、ロゼ様は私の髪につけてくださった。
「とても似合うよ」と頭を撫でてくださる。

悲しい気持ちが溶けていくようだった。
温かい気持ちがじわりと染み渡っていく。

「ありがとうございます、ロゼ様」

「どういたしまして」

にこりと微笑んでくれるロゼ様に私も笑い返す。

ラビンスはあの花を捨てちゃうのかな。
花は私なんかよりずっと弱い。
それなのに私が強く握り潰してしまった。

花を枯らしてしまった罪悪感とロゼ様の髪飾りのプレゼントの嬉しさが心の中でかき混ぜられていた。

しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

大好きな彼女と幸せになってください

四季
恋愛
王女ルシエラには婚約者がいる。その名はオリバー、王子である。身分としては問題ない二人。だが、二人の関係は、望ましいとは到底言えそうにないもので……。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

処理中です...