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「隣のサファイア国を知っているか?」

サファイア国。
隣の大国だ。
昔、母に聞かされたことがある。

「竜が住まう国」

「そうだ。おぞましい魔の国だ」

魔の国?

ちがう、母から聞かされたのは。


「オリビア。隣のサファイア国にはね、とても優しい竜が住んでいるのよ」


優しい竜がいる国だって……。


「聞いておるのか!オリビア!」


大きな声にびくりと体が震えた。

「は、はい……」

父は派手に舌打ちした。

「その国に我々は正義の鉄槌を下そうとしたのだ。正義の戦いだ。だが悔しいことに、あと一歩のところで叶わず敗れた」

正義の戦い?
サファイア国はなにか悪いことをしたの?

聞きたくとも父の眼光が問うことを許さなかった。

「敗れた我々に傲慢なサファイア国は非情な要求をしてきた」

父は間を空け、じっとオリビアを見た。

「娘を嫁によこせと言ってきたのだ」


エメラルド国の王女を、サファイア国の嫁に。


「私にはお前の他にもう一人娘がいる。分かっているな?」


知っている。
王妃の娘だ。
母が私を生むより先に生まれた、私の腹違いの姉。


「アリスはこの世の誰よりも美しく育った自慢の娘だ」

「お前と違ってな」と聞こえたような気がした。

「奴らそれを知っていたのだろう。美しいアリスに目をつけるのも当然のことだが、あのおぞましい国へ嫁がせるわけにはいかん」

嘆かわしいと、父は顔を覆う。
だが、すぐに残虐な笑みに変わった。

「そこでだ、私は思い出したのだ。あぁ、もう一人私の娘がいるではないか、と」

身代わり。
生贄。

私にしか頼めないこと。

そういうことか。

魔の国って言われているから「死にに行け」ってことなのかな。

悲しいことに変わりはないが、希望が見えた。
それなら生きる選択もまだ残されている。

母の言葉を守れる。

「お前はアリスの代わりに魔の国へ嫁ぎ、そこで自害しろ」

「……え」


自害?


どうして、何故。
そんな言葉しか浮かばない。


「戦争に負けたこの国はサファイア国に従属するしかない。魔の国に、だ。我々が正義であるはずなのに、そんなこと許されるはずがない。サファイア国と対等になるためには、お前がサファイア国での非道な仕打ちを嘆き、自害するしかないのだ」

言葉が出なかった。
父は続ける。

「愛する娘を失った私はサファイア国に非を唱えることができる。対等ではなく、むしろ優位に立つことができるかもしれん」


愛する娘?

涙がこぼれた。

生涯私を愛してくれた人は二人だけだ。

おじいちゃん……お母さん……。

会いたい。

この国のために死ねば、お母さんも許してくれるかな。


「くれぐれも魔の国で生き長らえようとするでないぞ。よいな?」


この国のために。

父と王妃はともかく、亡くなった祖父と母は深く愛してくれた。

二人がいたこの国を守れるのなら。
そして、二人の元へ逝けるのなら。


オリビアは、大きく頷いた。
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