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23 満月の夜

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 入院してからほぼ三週間、かなり身体は回復してきた。
 一昨日の検診で若い子は凄いねーと先生が嬉しそうに笑ってくれた。

 まだ無理は禁物だけど、変な体勢を取らなければ痛む事は無くなったし、手摺を駆使して自力移動が出来るようになった。松葉杖を使えば病院内なら移動出来るようになって寝たきり生活を脱出できた。
 入浴はまだダメだけどシャワーは許可されたので、久々にさっぱりして良い気分の筈なのに、気分は然程沸き立って来ない。

 その理由は、窓際の空っぽのベッドにある。

 あれから、晴人さんの顔を見ていない。
 メーちゃんとは何度か会ってるけど、彼の近況は分からなかった。きっと敢えて彼の話題を避けているのだろうと察せられたので、私も何も聞いていない。
 ハヤッチが昼間の時間帯しか仕事をしないようにセーブしている様子なので、間接的にマネージャーである晴人さんの仕事の状況が伝わる程度だ。

 今は深夜の12時過ぎ。
 眠れないので、身体は仰向けのままで見事にまん丸な月を斜めに見上げてぼんやりしている。
 身体の状態的に、仰向けかうつ伏せ以外の寝方は禁止されているのだ。
 一応朝起きて夜寝る習慣は守るようにしているが、疲れる事が無いので眠りに対する欲求が弱いようで、一向に眠気は襲って来ない。

 窓際の隣のベッドは綺麗に整えられた状態で、人が使用した形跡が無い。ここは、晴人さんのベッドの筈なのに……。

 もしかしたら、もう私の前に姿を見せないつもりかも知れない。私は入院してから酷い態度ばかり取っていたし。

 初めて会った時は普通だったのに、二度目からはやたらグイグイ来るようになった晴人さんに戸惑いながらも少し惹かれていたのは間違いない。
 あの美貌の男性に優しく誘われて嬉しくない女は居ないだろう。
 告白さえしてくれればきっと私は彼ととりあえずでも付き合っていた筈だ。
 私は彼が獣人であると知らなかったのだから。

 それなのに、彼は毒で酔わせて番承諾書などという怪しげな書類にサインをさせた上、身体を奪った。しかも、ご丁寧にその間の記憶を消した。
 一度ならず二度までも。
 何故そんな性急な真似をする事になったのか、それが不思議だ。

 けれど、もしあの時夢で見たのが正夢だったなら少しは説明がつく。
 私がただの生贄で、本当の番をゆりなの眼から隠す為の囮だとしたら……。

「晴人さんのばーか」

 視界が揺らいで、月が歪む。
 眦から雫が溢れて枕へと流れていった。

 本当は、そんな酷い事を晴人さんがする訳が無いって分かっている。

 晴人さんは必死に私を助けに来てくれた。
 入院して意識が朦朧としていた中でも晴人さんが手を握ってくれていたのを覚えている。
 溜まった仕事の処理にふらふらになりながらも私の事を気遣ってくれていたのも分かっている。

 まだ、初めて出会ってから一ヶ月も経ってないのに、いつのまにか私は彼に惹かれてしまっていたらしい。

 視界が陰ったので窓の方を向いていた顔を上に向けると、大きな両手に頰を覆われて唇を奪われた。

「泣かないで下さい」

 ちゃっかりキスをしてくる晴人さんを睨みつけると、とても嬉しそうな顔を向けて来る。前からちょっと思ってたけど、晴人さんて結構変な人だ。

「誰のせいだと思ってんのよ」
「俺のせいだと嬉しいですね」
「なにそれ」

 自ら舌を伸ばして彼の唇を舐めると、相手からも同じものが伸ばされて絡め取られた。ザラザラとした部分を擦り合わせる。

「どんな感情でも、瑠璃さんに向けてもらえたら嬉しいです」
 
 晴人さんがこの部屋に入って来ていたのは気付いていた。彼が何も言わないので私も無視していた。
 何事も無ければ声を掛けずに出て行くつもりだったのだろう。
 昨日まで毎夜そうしていたように。

 




 

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