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第61話 亀と猪

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虎成とらなり城 隠し通路 奥

 もう扉の向こう側で争う音はしなかった。うねっていた仇の花の根も力なくうなだれている。シロウのうなじがまた光るのを見て、サヤはまたモモの縄を握りしめた。

 しかし、まだ目がかすむのだ。

 和尚様が自分達を逃がしてくれたこと、そしてもうこの扉を開けてこちらにはこないことが分かった。

 命をかけて敵を留めてくれた扉は、開けたくても開けてはダメだ。

 ともかく、この道を行こう。扉は閉ざされた。

 脱出用の為、近くに充分なロウソクと火打ち石と火口が用意してあった。
 扉からのわずかな灯りで燭台しょくだいに乗せたロウソクに火をつける。
 見回すと小さな作りの中に盾や小太刀、半弓と矢など武器もある。もしもの場合はここで足止めするつもりなのだろう。

 サヤは小太刀を一振り帯に差す。
 そして、モモの縄を引き歩きはじめる。両脇は石垣でできていた。これは縄張りの時から計画されていた脱出口なのだるう、一気に下へ降っていく。

 また鉄の門がある。たたみじょうより少し大きいほどの扉。今度は外開きだ。

 閂を外す。そっとサヤは開けてみる。いきなり目がくらんだ。ク海の波が押し寄せている。
つまりは、ジカイ和尚は仇の花を討ちきれてはいないということか。

 しかし、ここで止まる訳にもいかない。シロウを乗せたモモでもなんとか通れる幅があった。いきなり、ジメジメとして石垣の石が濡れていて水が伝う跡がある。

「ああ、ここお堀の下かもしれん。」
 燭台を右手に、モモを引く縄を左手のサヤは進む。道なりに上に上っているのは分かる。
石が乾いてきていた。堀は通り抜けたのだろうか。

 また、扉が見えてきた。おそるおそる開けてみるサヤ。

 そこは、広い部屋であった。石垣の造りでしっかりとしていて、奥に大きな扉が見える。
兵士が百人ほどは隠せよう。

 サヤは外に出る前にここで身支度の確認をすることにした。幸い煙は来ていないようだ。
モモを地面の際まで誘導する。明丸の確認をしなくては、寝てくれてればいいけれど。
 いや、まず若様だ。首筋に手を入れる。脈はおかしくない。顔色は?あんまり良くない。全身の切り傷を調べる。ああ、深手ではない。
 そして、明丸君。ああ起きてる。
「どうしたん。あんた。」
 今、開けたらまずいだろうか?まずいな。サヤはク海の影響が気になる。
 ケガとかオシッコとかじゃなさそうだけど。
 早くク海から出ねばと決意するサヤ。
「おしめすら替えられん!」
 それは、それで問題なのだが。そこが一番の動機か?
 
 明丸が何かを右手に持っている。
「あんた、何持っとると?ウチにくれると?」
 途端に明丸の右手が甲羅の外に飛び出た。
「へっ?」
 モモの透明な甲羅のフタを貫通している。その右手にあったのは白い懐紙であった。
「あっ、ありがと・・」
 思わず受け取るサヤ。明丸の手は引っ込んだ。

 サヤは透明な甲羅を触ってみる。手は通らない。
「あんただけ、通れるとね?」
 明丸はあうあう足を持って笑っている。

 サヤは懐紙を開いてみた。赤い飴玉のようなものが入っている。結構大きい。和尚さんか誰かにもらったものだろうか?舐めさせてもいいけど、この触れられない状況では喉に詰めても背中をトントンして吐かせることもできない。

「これは、お姉ちゃんが預かっておくね。」
 サヤは懐紙に包み直そうとする。すると明丸が小さな指をつまんで口に入れるマネをする。
「食べろっていうと?お姉ちゃんが舐めていいと?」
 明丸はにっこり笑って拍手をしている。

「仕方ないなぁ。」
 サヤは明丸に見えるように大げさに口に放り込んだ。

 その時、天井が崩れた。

 降りてくるモノがいる。

 アダケモノだ。

 その姿は牛だ。二本の角は青白く光り地面を前足で削っている。十頭はいるのだろうか。
 角はそこだけではない。例の白く覆われる鎧、背と両肩に大きな突起物がある。一頭につき計五本の角を持つ。五十本近い狂った槍に近い。

 今にも突進してきそうである。

 こんな危険な連中に小娘と亀、怪我人付きではどうにもならない。

 モモの目が桃色に光り出す。明丸を守る盾を発動する気だ。

 ものすごい轟音が鳴った。六芒星の盾狼ランドルフは完全に牛モドキの攻撃を受け止め防いでいる。

 しかし、問題があった。

 攻撃は防げている。完璧に。ただ十頭の牛が防壁の前で押しているのである。

 前に進めない。

 いや状況を打破できない。

 モモはいつまで、防壁を張っていられるのだろうか?・・・分からない。

 サヤの口の中で飴玉がカロンと歯に当たる音がした。

「モモちゃん、ウチが走りだしたら壁を一回消して。そしてすぐ張る。できる?」
 サヤは右の頬っぺたがふくれているそこに飴玉があるのだろう。

 モモはゆっくり瞬きした。利口なである。

 サヤはなんだか変な感覚を感じていた。

 飴玉を舐めはじめてから、力がみなぎる。
 まるで自分がイノシシになったような。

 ブチ抜きたい気分。

 軽く、足に力を入れてみる。石畳いしだたみが軽くえぐれた。

 どうせ、できることないなら、賭けてみるかな。この少女は思い切りが良い。

 サヤはしっかり縄を体に結わえつけた。

 小太刀で着物の裾に切れ目を入れて破り、ひざ丈にする。

 そして、壁の位置をそのままにモモを後方にできるだけ下げた。

 サヤ、構える。日に焼けた脚が白い湯気を吐いた。石畳いしだたみきしんで割れる。

「行くよ!」

 サヤは走り出す。牛モドキは一瞬壁が消え体勢を崩す。

 そこへ、鉄壁の防壁を張り直した、大サヤイノシシが亀を連れて突進する。

 牛の角は砕けた。

 少女サヤモモは爆走して、そのまま扉を突き破って走り去った。
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