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第五話『ハロウィン・シンドローム』

その8 夏のハロウィン

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★第五話『ハロウィン・シンドローム』
その8 夏のハロウィン

teller:綾音あやね=イルミア

 彼と初めて出会ったのは、火薬の匂いがする夏の日のことだった。
 人は悲しい記憶を忘れたがる。
 それは私の育った72地区も例外ではなく。
 過去にアンノウンの襲撃を受けたという事実を痛みとして確かに刻みながらも、時は刻まれ、苦しみを薄れさせるようにその日も毎年恒例の小さな夏祭りが開催されていた。
 だけどその日は不思議と、行く気になれなくて。
 別に塞ぎ込んでたとかではない。ただ、自分の中の痛みを、悲しみを忘れたくなかった。
 憎しみは――出来れば、要らないや、と思ったけど。
 一人で夜空をぼんやり見上げ。
 ああ、そうか。
 私は本当の意味で孤独なんだ、とぼんやり実感していた時。

 夜空に、太陽が差した。

 まだ花火が打ち上がる時間じゃない。
 だけど、私は確かに光を見た。
 目の前の、廃屋の屋根の上だったと思う。
 ちょうど月を覆い隠すように、彼は立っていて、うっすら見える悪戯っぽい笑顔が、妙に印象的で。

「――なあ、一緒に遊ぼう!」

 私に手を差し伸べた彼の、笑顔と明るい金髪は、やっぱり焼けるような夏を思い起こさせて。
 それが、あいつとの―― 陽輔ようすけ=アイバッヂとの出会い、だ。





「綾音ちゃん、綾音ちゃん、どうしたのかね~?」

 くいくい、と袖口を何者かに引っ張られ、自分が今の今までぼーっとしていたことに気付いた。
 隣を見ると、ふわふわした雰囲気ののんびりしてそうな美少女。
 同い年のサポーターで、ちょっと仲良くなりつつある胡桃くるみ=ヒューストンが私の顔を覗き込んでいた。
 その隣には、危ういほどに綺麗な少女・リーザ=ブルームが気遣うように立っていて。
 私は気分を切り替えるように少し頭を振り、大丈夫だという意を示す。

「なんでもない。絶叫マシーン続きでちょっと疲れただけ」

「ええ~、醍醐味じゃん。いきなりゲームコーナーは味気ないって言うからまずは絶叫三昧しようと巡ってたのにぃ」

「胡桃、あんたおっとりしてそうで意外と度胸ある乗り物好むのね……」

 少し疲れの色が出てきた私とは正反対に、胡桃はむしろ活き活きしている。
 にこにこと笑って、さあ行くぞまだ行くぞと言わんばかりだ。
 リーザもリーザで強いのか、そんな私たちを見て静かに、綺麗に微笑んでいた。
 だけど、そんなリーザがふと足を止め、「あ」、と声を上げる。

「……どうしたの?」

 リーザは、どこかを真っ直ぐに見ていた。焦がれるような視線だった。
 それなのに、リーザの視線の先が限定できない。
 そして、リーザはぽつりと呟いた。

「――死の、匂いがする」

「……え?」

 彼女の不穏な呟きの詳細を聞くよりも先に、どこからか悲鳴が上がった。
 悲鳴が上がった方向を振り向き、絶句する。
 人が、人を噛んでいた。
 まるで吸血鬼映画か何かのように。
 いや、違う。
 人々の様子が、テーマパークエリアを訪れたであろう彼らの様子が、明らかにおかしい。
 逃げ惑う人々を追いかける彼らの目の焦点は定まっておらず、顔色がどぎつい寒色系に染まっていて。
 そんな様子のおかしい彼らはおぼつかない足取りで、それでもまだ正気を保っている人々を執拗に追いかけている。
 これはまるで――ゾンビもののパニックホラーだ。

「なに!? どういうこと、これ――」

 この状態は普通じゃない。
 慌てて電子端末を開くと、そこには多数のアンノウン反応が出ていて一瞬息が止まった。
 テーマパークエリア中に、反応が点在している。
 この反応、様子のおかしい人々、これは――。
 端末を操作し、解析を進める。
 生物体内侵入能力を持つ、繁殖機能を持つアンノウン。
 この前の時は、電子機器へのウィルス型アンノウンだった。
 だけど、今出現しているのは生命体に対するウィルス型アンノウンだ。
 あのゾンビのような挙動をしている人々は、アンノウンに寄生されてしまったのだろう。
 そして他者を噛むことで感染、繁殖しようとしている。
 ――まずい。このエリアには、今日は人が多すぎる。
 解析中だったのは胡桃も同じなのか、先ほどまでとはうってかわって真剣な顔で端末を眺めている。
 だけど。

「……リーザ!?」

 リーザの様子が、おかしかった。
 ふら、と自ら踏み出すように騒動の渦中に足を進めようとしている。
 その目があまりに真っ直ぐすぎて一瞬怯みそうになったけど、私は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
 だけど、リーザの挙動に気付いたゾンビの何人かがこちらに向かってくる。
 まずい、シールド張らなきゃ、ファイターたちとの連絡を、というかここから逃げ出せるのか、リーザ、どうして――。
 足が動かないわけじゃなかった。
 ただ、間に合いそうになかった。
 リーザを連れて、胡桃と共に逃げるには既に大群が押し寄せていて。

「綾音ちゃん、リーザちゃんっ!!」

 目の前に、毒々しい色の手が迫る。
 胡桃の悲鳴がどこか遠い。
 ああ、ゾンビなんて言い方、本当はしたくないのに。彼らだって、アンノウンの――だめ、憎しみは捨てたい、のに。
 結局、私、は。


「――降り臨め、アメノウズメ!!!!」


 どこまでも、明るい声が響いた。
 夏の匂いが、した気がした。
 気がつけば眩むような光と共に、目の前に私たちを庇うように、一体のビッグバンダーが堂々と立っていた。
 日本刀、と言うらしい。地球文化の、とある国の伝統に沿ったデザインの刀を携えた、オレンジ色をベースにした、やっぱり夏のような色の派手な機体。
 これは、あいつの――。

「陽輔=アイバッヂくん参上~っ!! 綾音綾音っ、大丈夫?」

「陽輔……っ!!」

 私の相棒が、私の相棒の機体『アメノウズメ』が、そこに居た。
 通信を通して、陽輔の明るい声が耳に届く。

「安心して、綾音! オレ、楽しい作戦考えたんだ! だからサポートは任せたぜ、相棒!」
 
 『楽しい』という部分に一抹の不安を覚えたが、それでもこの状況には初めて希望が生まれていて。
 私は呆れながらも、苦笑しながらも、大きく頷く。

「――ええ、任せて」

 やっぱり、夏の匂いがする。
 きっと、初めて会った時のように、ずっと。
 彼は例え、どんな世界でも――こんな風に太陽であり続けるのだろう。
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