709 / 842
壊れて、
26
しおりを挟む――あの後、
おれは、知らないふりをした。
すべてを。
…覚えてないふりをした。
せんせいのこと。
澪のこと。
確かに見覚えがあった男の人のこと。
…くーくんに、『ほかに好きな人ができた』って言われたこと。
何のこと?と、今すぐに声を上げて泣きたくて、死にそうなほど痛い感情を隠して首を傾げれば、「…そっか、」と複雑そうな面持ちで微笑んだくーくんはそれ以上追及してこなかった。
…お風呂も、ただ、普通に入って…何もしなかった。
あの約束も、全部なかったことになった。
「良い匂いがする」
「え、野菜ってそんなに匂いよかった…?」
後ろからぎゅってされたままドキドキしながら作業を続行していると…ぽつりと零された言葉に、はて?と疑問を投げれば、
「まーくん…、凄く良い香り」
「…っ、ぁひゃああああ…っ!!?」
首筋に顔を埋められ、囁かれた低めボイス。
まさか自分の匂いだとは思わず、しかもゾクゾクするほど男の人って感じの声で言われたから色んなとこが反応してしまって、一メートルくらい跳ね上がる勢いでジャンプして離れる。
…否。離れようとしたけど、楽しそうに笑みを零したくーくんにわざと力をいれられてぎゅってされたまま動けない。く、くそう!
「く、く、くーくんもお風呂一緒に入ったんだから匂い同じだし、っていうか、くーくんの方が凄くいい匂いで、だし、あばばば、おれをおとそうとするの禁止!」
もうおちてるから禁止!とこれ以上の進入禁止令を出す。
後ろからでも絶対に真っ赤になってるのがばれてる気がするから余計に恥ずかしい。
「…ほんと、怪我してばっかりだな。まーくんは」
「で、でも、ちゃんと料理には血、まざってないから大丈夫!」
ふふん、そこはちゃんと気を付けてるから任せなさい。と胸を張れば「何言ってんの」と呆れられた。…ちょっとへこむ。
さっきから何度も野菜の皮をむいたり切ったりしているときにピーラーや包丁でいたるところを削ってしまった手。
腰に回っている腕の力が少し緩む。
右手の下から重ねるように手が添えられた。
振り向けば、…困ったように眉尻を下げたくーくんと目が合う。
「そうじゃなくて、これ以上傷が増えることが心配なんだけど」
「…っ、う、あ、」
ごきゅ、と唾を変に飲み込んだことで喉が痛む。
心配、してくれてたのか。と申し訳なさ2割嬉しさ7割その他1割な気持ちで言葉にならない声が漏れた。
「不器用にも程がある」
「…ぶきよう、じゃない…」
「否定するんだ?」
ふ、と不意に可笑しそうに苦笑したくーくんの笑顔に、つい見惚れてしまう。
51
お気に入りに追加
1,139
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。



【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる