手足を鎖で縛られる

和泉奏

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膝を抱えて蹲っていると、お風呂上がりで適当にしか拭いていない髪から雫が伝ってぽたり、ぽたり、と服を濡らす。窓の外から部屋の中に差す月の光だけが、ここの唯一の明かりだった。

…今、ここにくーくんがいたらまた前みたいに拭きあいっこしたかったな…なんて、思い出して酷く懐かしくなった。


「…くーくん…」


1人でいると、色んなことを思い出してしまう。

……さっき閉じ込められた部屋の形、感触、雰囲気が…凄く似てた、から、

ずっと前、…くーくんに出会った日よりもっともっと小さい頃、よく閉じ込められた倉庫と同じ感じだった。
何だっけ…一番最初に閉じ込められたきっかけって…、

むむ、と脳内を探検してみて…だけど思い出せない。

でも、

(…ちょっと、懐かしい、な…)


お父さんとお母さんは、おれがわるいことばかりするから、いつも怒ったような顔をしてた。
子どもがいるから、おれがいるから…その子どもの出来が悪ければ、親まで同じだと判断をされてしまう。

…それは、とてもお母さんたちにとっては苦しいことで、辛いことで、


「……笑った顔が、大好きだったのにな…」


いつの頃からか、見なくなった。
なんでだろう。…あれかな、やっぱりおれが勉強を始めて、学校で順位が発表されるようになってからだったかな。

…ずーっと小さい頃は、一緒に遊んでくれたことがあった…ような気がする。
手を繋いで、抱きしめてくれて、「好きだよ」って言ってくれて、そんな、温かくて、遠い記憶。


…でも、気づいた時には


話しかけたら無視されて、
笑ったら目障りだって怒られて、
泣いたら煩いって言われて殴られて、
またそこでもっと泣いたら閉じ込められて、


そんな毎日になっていた。


何回か冬の寒い日に閉じ込められてしまった時は、皮膚が変な色になったり、手足の感触がなくなったりして、ピクリとも動けなくなった日もあった。


寒くて、ずっとずっと寒くて、泣き叫んでごめんなさいって謝って、痛くて痛くて痛くて、全身が痛くて、でも、それも次第にはわからなくなって、


…けど、いつもお母さんが迎えに来てくれたから。
唯一お母さんが優しくしてくれるのは、おれがいい子にしてるときか、そうやって閉じ込められたり、殴られたりした後…だったから。

…痛くて、辛い分…その時が凄く、幸せだった。


それに、おれのためにやってくれてるんだってわかった時から、殴られるのも叩かれるのも、全部を嫌だとは思わなくなった。

だから、もっと構ってほしくて、ふりむいてほしくて、がんばってたらいつかは認めてくれるかなって、そうしたら褒めてくれて、……流石自分たちの息子だって抱きしめてくれて、…遊園地とか、公園遊びとか、いつかは、皆で遊びたいなって、思ってた、けど、

……結局、最終的にはお父さんには、触るのも嫌がられるようになってしまった。お母さんも、お父さんの代わりにするときしか、おれに触ってくれなくなって、


(…なんでだろう)


何回も、考えた。
全部頑張ったのに、何がだめだったんだろう、って悩んで考えて考えて考えて、…ああそっかって思った。

多分きっと、頑張ったら褒めてくれるっていう考えがだめだったんだ。期待したから、その考えがお父さんたちに伝わっちゃって、それが嫌だったんだろうな。
勝手におれが頑張ってるんだから、褒めてほしいなんて望むのはわがままだ。


だから、

わがままはだめで、しちゃいけないって、そうわかってたから、…しないようにしてて
したっていいことなんか、一度もなかった…のに。


「……くーくんに、わがままばっかり言ってる…」


ぽつりと、きゅっと結んでいた唇から声を零す。


出会ってから、くーくんが褒めてくれてからは、世界が今までと比べられないぐらいキラキラしてて、綺麗になったような気がした。
今まで幸せだと思ってた以上の、たくさんの嬉しいをくれて、その分わがままになった。
くーくんにいい子って言ってもらえると、凄く…声を上げて泣きたくなるぐらい嬉しい。

だから、もっともっとって、…こうしてほしい、一緒にこれがしたい。って、

……全部、全部…してほしいこととかしたいことがいっぱいあって、自分がこんなに欲求のある人間なんだって初めて知った。

だから、さっきもわがままばっかりいって、甘えて、そのせいで…くーくんが辛いことに気づけなかった。
おれが褒めてって言ってる間も…あんなに血が出てて、きっと、凄く痛かった。


…おれの、せいだ。


「…わがままばっかり言ってたから、罰が当たったんだ」


ずっと自分のことばっかりで、求めるだけで相手のしてほしいことを考えることさえしなくて、

小刻みに震える肩を抱きしめるように体育座りをして、「…っ、」涙組みそうになり、さっきよりもずっと強く唇を噛み締める。

だって、くーくんと出会ってから幸せばっかりで、そういう良いことばっかりだったから、そうなってもおかしくない。


だから、


(…これからはくーくんの望むようにしよう。したいことは何でもしよう。)


もう、苦しませないように。おれのせいで、不幸にならないように。
ぎゅ、と膝を抱いた腕をもう片方の手で強く掴む。



「そうしたら、もっとおれのこと…好きになってくれるかな。褒めてくれるかな」


膝を抱く腕に唇をむにっとくっつけながらぼそっと口から出た浮かれた言葉に、ハッとする。


(…あ、期待しちゃだめだったんだ。なのに、また同じこと思っちゃった。)


邪な欲求を消すように首を振って、
でも、…せめて、…よしよしってしてもらいたいな。って、このくらいなら、望んでも…良い…かな。

頭を撫でるくーくんの手の感触を思い出しながら、へへ、と次第に滲んでくる視界の中、目を細めて微笑んだ。

だから、だからね。


今度はわがまま言わないようにするから、


……くーくんが幸せになれるように、頑張る、から


「はやく、かえってきて…」


濡れた睫毛を震わせて、コクン、と熱い喉を上下させる。

…そうして、今日散々泣き腫らしたせいで体力の限界だった身体は逆らうこともできずに、すとん、と泥のような眠りに堕ちた。


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