560 / 804
過去【少年と彼】
全ては、君のためだけに
しおりを挟む✤✤✤
その後のことは、正直言えばよく覚えてない。
色々あった気がする。
まぁ、それぐらい…思い出そうとも思わないくらい、取り上げて騒ぐほどの出来事もなかったんだけど。
「……」
…息を、吸う。
自分が呼吸をとめていたことにすら、今まで気づかなかった。
喉がカラカラに乾いて、痛い。
もう一度深く深呼吸をして、いつの間にか乾いていた唇を舐めた。
部屋に漂う、むっとした空気。
素材になっている木の匂いだけではない、家畜部屋と同じ匂い。
木の匂いに負けないぐらい、もう一つ、新たに生じたものが充満していた。
でも、ここはあの場所とは違う。
ほとんど俺の部屋と同じ構造で、酷似していた。
しかしその違いは見てすぐわかる程、より豪華な物たちで彩られている。
色々な人間の苦痛と犠牲の上に成り立っている生活。
ぽたり、ぽたり、と水道の蛇口から水を垂らすような音が聞こえてくる。
(…おかしいな。この部屋に水を流す場所なんかないのに)
相変わらず他人の瞳を通して世界を見ているような平坦な感情で、小さく首を傾げた。
何かを感じて、ゆらり、と無表情のまま視線を下に向ける。
少し離れた場所から蒼様、とあの人の好んでいた口紅で塗られた唇を震わせて見上げてくる顔。
それはつい数秒前まで重ねられていたから、所々薄く元の唇の色に戻っていて、メッキが剥がれ掛けていた。
つい最近、屋敷で飼われ始めた人間。
化粧を濃く塗っているのに、青ざめて蒼白になっているのが明白だった。
まるで今目の前で予想できないことが起こっている、とでも言いたげな。
例えば通り魔にすぐ近くの通行人が殺されたとして、次の標的は自分なんじゃないか。…そんな、顔。
「今更後悔しても遅いよ」
「…っ、でも、」
「でも…、何?」と冷めた瞳で見下ろせば、言い訳でもしようとしたのか女はパクパクと溺れかけた鯉のように言葉にならない声を発して、結局何も言えずに頭を垂れた。
そして今自分が全裸だということに恥じらいを覚える様子もなく(それどころじゃないんだろうけど)、肩を震わせて嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまった。
見た目だけでは美人の部類に入るんだろう。
この屋敷に入ってくる時にやけに自慢げに紹介されたのを微かに思い出した。
でもその姿を見て可哀想だとか慰めようとかそんな感情が湧かないどころか、面倒臭いと思う自分はやはりどこか壊れているのかもしれない。
「泣く程嫌なら、最初から協力なんかしなければよかったのに」
「…そ、んな…」
「…俺は強制した覚えはないんだけど」
ただ、協力してもらう代わりに女の望むことをしてやっただけ。
ノリ気だったくせに、今頃になって後悔して恨まれても困る。
多分、これが屋敷のそこらへんで歩いてる犬達だったらきっとこの女は泣かなかったんだろう。
涙一滴流さずに処分されるのを見送っていたはずだ。
この屋敷ではこんなの当たり前で、日常茶飯事で、だから別段誰も気にしない程度の出来事で、
今従僕達を呼べば、何も言わずに片付けるのが普通だった。
(…相手が、他の人間だったなら)
心の中で呟いて、
女から、少し視線をずらす。
とりあえず、
「…どうしようかな」
今、目の前で血まみれになって死んでいる”あの人”の身体を。
―――――――――
(あーあ、)
(まーくんとおそろいの着物が汚れちゃった)
31
お気に入りに追加
1,088
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
無自覚な
ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。
1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに
イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。
それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて
いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外
何をやっても平凡だった。
そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる
それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない
そんな存在にまで上り積めていた。
こんな僕でも優しくしてくれる義兄と
僕のことを嫌ってる義弟。
でも最近みんなの様子が変で困ってます
無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる