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過去【少年と彼】
君が愛しい
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(……)
「目、覚めた?」
おそらく薬がほとんど全部抜けた頃。
ずっと眠り続けていたまーくんが目を覚ましたのに気づいて、今まで思考していた鉛に似た形のものを切り上げた。
やはり、この数日間のことを何も覚えていないらしく反応が鈍い。
…なんとなく、そうかもしれないとは思ったけど。
だから別段驚きはしなかった。
気怠い身体に息を吐いて、横たわる身体を抱き上げた。
「…っ、」
(…あー、…)
いつものようにその身体を軽く抱えようとして、ズキリと身体の至るところが痛んだ。
傷に負担がかかったのか、傷が開いたのかもしれない。
視界の端で服に赤い染みが広がっていくのが見えた。
放っておけばいつもは随分マシになるのに、結構今回はキツく”教育”されたから流石に堪えていたらしい。
「……」
ミシ、ミシ、と廊下の木の板を軋ませて歩く。
つい数日前までは冷たく凍るようだった空気が、今は生暖かいような気がした。
抱きかかえている身体。目隠しをしたままの顔に視線を向ける。
思うように動かせないからってのもあると思う。
でも、嫌がったりせずに、大人しく俺にされるがままになっているまーくんは精神的に安定しているようで内心安堵した。
……それはただあの時のことを全てなかったことにできたから、なのかな。
縁側の廊下のところでゆっくりと落とさないように下ろした。
腕の中にあった体温を離すのが少し名残惜しくて、そのまま抱きしめたくなる欲求を抑える。
茶色がかったその髪を、風が撫でて揺らした。
僅かに揺れる髪に目を細め、庭に視線を移す。
「覚えてる?まーくんが、初めてこの家に来たときに座ってた縁側」
…俺は、覚えてるよ。
あの時のまーくんの表情、言葉、仕草、…全部一つ一つ…脳裏にこびりついたように鮮明に思い出せる。
笑顔が、眩しかった。
「……っ、子どもみたいにわーわーはしゃいでたもんな」
(…ずっと昔のことのように感じる)
はは、と乾いた声で笑う声が熱を帯びる。
話しかける俺に答える声はない。
でも、それでも一方的に話しかけた。
それこそ、口を挟む余地がないくらいに。
「…(…隣を、見れない)」
連れてきたのは自分のくせに、まーくんがどんな顔をしているのか知りたくなくて、見るのが怖くて、目を逸らし続ける。瞼を伏せて、俯いた。
こんな目に遭わせた俺との思い出なんて、思い出したくもないだろう。
”友達”なのに裏切って、監禁して、逃げられないように繋いで、無理矢理セックスして、
こんな人間のことなんて、憎まれたって、嫌われたって仕方がない。
でも、そうまでしても、手に入れたかった。
傍にいてほしかった。
好きだと…思った。
「俺は、そんな風に思ったことなかったけど、広いすごいお屋敷みたいだなんて言って、喜んでて、」
…何を言ったって、昔には戻れないってわかってるのに。
どうして今更こんなことを言ってるんだろう。
「…まーくんにそう思ってもらえるなら、この家に生まれてよかったなって思ったよ」
(…本当に、…心からそう思った)
ほっと吐息交じりに本音を零す。
こんなに誰かの血で汚れた家を褒めてくれたから、喜んでくれたから、
…ああ、良かった…なんて思えるようになって。
そうしてぽつり、ぽつりと懐古の思いに胸を震わせながら言葉を零していく。
と、
「…これ、……はずしてもいい……?」
掠れた声。
その指が軽く目隠しに触れている。
一瞬躊躇って、すぐに首を振った。
「とらないほうが、まーくんにとっては幸せだと思うから」
だって、俺が傷ついてるのを見たらまたまーくんは気にする。
何かが起こったのかも、なんて余計なことを考えて、同情して、近づこうとしてくる。
自分の方が辛くても、酷いことをされたとしても、
まーくんは誰よりも優しいから…きっと心配して、泣きそうな顔をすると思うから。
だから、
…そんな顔、見たくない。
「…何か、あった?」
「っ、」
(…なんで、そんな風に…俺に…っ、)
『あった。』
そう言えたら楽になるだろうか。
触れたい。
抱き締めたい。
もういっそのこと、幼い子どもみたいに涙を流して泣き叫んで、救いを乞えたら、
「…(……なんて、できるわけないんだけど)」
でも、そうしたらもっと傷つけてしまう。
怯えさせてしまう。
嫌なことに、巻き込んでしまうかもしれない。
す、と結んでいた唇を開いて息を吸う。
「……何も、なかった」
そうして、俺はまた嘘を吐いた。
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