手足を鎖で縛られる

和泉奏

文字の大きさ
上 下
512 / 804
過去【少年と彼】

22

しおりを挟む






安定した呼吸をして眠っているのを確認して、強張っていた身体から力を抜く。
今まで無意識に息を潜めていたらしい。呼吸が随分楽になった。


「……(とりあえず、)」


今回のことで、まーくんの記憶喪失が完全ではなかったことということを知った。


確かに一度記憶喪失になった人間は、思い出すきっかけになるようなショックを受けるとフラッシュバックが起こって精神状態が不安定になると本で読んだ。そして思い出して実際におかしくなったっていう人の話は多く書かれてあったけど、…用紙上で見るのとこうして実際に見るのでは訳が違う。


まーくん自身も今までも何回かフラッシュバックに似た現象が起こって精神状態がおかしくなったことがあると資料には書かれてあった。

けど、その度にまーくんは周りの状況もわからないくらい泣き叫んで病院に運ばれて、でも結局しばらくすると症状は落ち着いて、それはその数日間にあったことを記憶から消去したためではないか…とも記載されていた。


…でも、今日はまーくんにそこまで酷い症状は起こらなかった。

それは”誰か”がこうして傍にいたからだろうか。それともただの偶然…。

…違うだろうと思った。偶然ではない気がする。


まーくんは元々人に依存しやすいタイプの人間だった。

それはあの親との関係をみていればすぐにわかる。
そのせいで人の言葉を素直に受け入れるくせがついてるから、普通の人間よりも暗示にかかりやすい。

だから、さっき俺がしたこともなんとなく成功するだろう。…そんな予感があった。


(…でも、)


それにしても、


「…脆い、」


脆すぎる。…そして危うい。

次に何かあれば、まーくんはまたすぐに壊れそうになるだろう。

軽く寝息を立てて眠るまーくんの顔に視線を動かす。
嫌な夢を見ているのか眉を寄せて顔を少し動かした。
さらりと髪が閉じた瞼の上にかかる。

…何度も壊れて、記憶を失くして精神を修復して、また壊れる、それを永遠とまーくんは繰り返してきた。


「…(嗚呼、綺麗だな…)」


胸の深い部分が震える。

こんな自分を酷いと思う。

…でも、悲しいと思うと同時に、

その儚さがたまらなく愛しい。

何かあればすぐに壊れてしまいそうな…そんな危うい雰囲気。
そういう弱い部分を知って、今まで以上に愛しく感じる。


もしこれが成功したとしたら。
まーくんはもっと俺を求めてくれるようになるかな。
もっと、前みたいに俺を好きになってくれるかな。


そしてもしその後、この暗示をかけた俺がいなくなったら…まーくんはどうするんだろう。それにまーくんの心はどうなってしまうんだろう。


それとも、今みたいに他の人間にこうやって縋るのかな。

…そうなる、だろうな。

…だって今のまーくんは俺じゃなくても、誰でもいいんだから。
きっと身近な人間になら幾らでも代わりができる。


「…(…それだけは…、絶対に嫌だ)」


だから、他の奴に奪われないように、…そうならないように…何度も暗示をかけないといけない。

一回では無理でも、何回かやれば俺だけをその相手だと認識してくれるようになるかもしれない。

……そのするためにはまーくんに何回も辛い思いをさせることになる。痛い思いをさせることになる。

まーくんの幸せを本当に願うなら、しない方が良い。


…そう、わかっているのに。


(どうして…俺は…、)


俯いて、震える身体を抑えようと強く唇を噛み締めた。


「…でも、それでも……俺にはまーくんが必要だから…」


ごめんな、と囁く。
後頭部に回した手に力を入れて、強く抱きしめる。
この体温を、存在を手放したくない。


…ごめん、ともう一度小さく消えるような声で謝った。


まーくんからみれば、今考えてることを実行することによって起こる結果は確実に良いことばかりじゃない。
…むしろ悪いことしかない。


…そう知ってるのに、それでも、やめようだなんて思えなくて。

この暗示が成功することを…心の底から願ってしまう。


俺は最低で。
最悪な人間だ。

でも、これが成功さえすれば…こうやって心が危なくなる度に、まーくんは俺を頼ってくれるようになるはずだから…


だから


「……お願いだから、…」


祈る。
神様を信じているわけじゃないけど、祈るように瞳を閉じて懇願した。


(…早く、俺がいないと生きていけないようになって)


嗚呼、俺は。

―――――――

まーくんの傍に居られたら、

……ただそれだけで良かったはずだったのに。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...