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過去【少年と彼】
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しおりを挟む安定した呼吸をして眠っているのを確認して、強張っていた身体から力を抜く。
今まで無意識に息を潜めていたらしい。呼吸が随分楽になった。
「……(とりあえず、)」
今回のことで、まーくんの記憶喪失が完全ではなかったことということを知った。
確かに一度記憶喪失になった人間は、思い出すきっかけになるようなショックを受けるとフラッシュバックが起こって精神状態が不安定になると本で読んだ。そして思い出して実際におかしくなったっていう人の話は多く書かれてあったけど、…用紙上で見るのとこうして実際に見るのでは訳が違う。
まーくん自身も今までも何回かフラッシュバックに似た現象が起こって精神状態がおかしくなったことがあると資料には書かれてあった。
けど、その度にまーくんは周りの状況もわからないくらい泣き叫んで病院に運ばれて、でも結局しばらくすると症状は落ち着いて、それはその数日間にあったことを記憶から消去したためではないか…とも記載されていた。
…でも、今日はまーくんにそこまで酷い症状は起こらなかった。
それは”誰か”がこうして傍にいたからだろうか。それともただの偶然…。
…違うだろうと思った。偶然ではない気がする。
まーくんは元々人に依存しやすいタイプの人間だった。
それはあの親との関係をみていればすぐにわかる。
そのせいで人の言葉を素直に受け入れるくせがついてるから、普通の人間よりも暗示にかかりやすい。
だから、さっき俺がしたこともなんとなく成功するだろう。…そんな予感があった。
(…でも、)
それにしても、
「…脆い、」
脆すぎる。…そして危うい。
次に何かあれば、まーくんはまたすぐに壊れそうになるだろう。
軽く寝息を立てて眠るまーくんの顔に視線を動かす。
嫌な夢を見ているのか眉を寄せて顔を少し動かした。
さらりと髪が閉じた瞼の上にかかる。
…何度も壊れて、記憶を失くして精神を修復して、また壊れる、それを永遠とまーくんは繰り返してきた。
「…(嗚呼、綺麗だな…)」
胸の深い部分が震える。
こんな自分を酷いと思う。
…でも、悲しいと思うと同時に、
その儚さがたまらなく愛しい。
何かあればすぐに壊れてしまいそうな…そんな危うい雰囲気。
そういう弱い部分を知って、今まで以上に愛しく感じる。
もしこれが成功したとしたら。
まーくんはもっと俺を求めてくれるようになるかな。
もっと、前みたいに俺を好きになってくれるかな。
そしてもしその後、この暗示をかけた俺がいなくなったら…まーくんはどうするんだろう。それにまーくんの心はどうなってしまうんだろう。
それとも、今みたいに他の人間にこうやって縋るのかな。
…そうなる、だろうな。
…だって今のまーくんは俺じゃなくても、誰でもいいんだから。
きっと身近な人間になら幾らでも代わりができる。
「…(…それだけは…、絶対に嫌だ)」
だから、他の奴に奪われないように、…そうならないように…何度も暗示をかけないといけない。
一回では無理でも、何回かやれば俺だけをその相手だと認識してくれるようになるかもしれない。
……そのするためにはまーくんに何回も辛い思いをさせることになる。痛い思いをさせることになる。
まーくんの幸せを本当に願うなら、しない方が良い。
…そう、わかっているのに。
(どうして…俺は…、)
俯いて、震える身体を抑えようと強く唇を噛み締めた。
「…でも、それでも……俺にはまーくんが必要だから…」
ごめんな、と囁く。
後頭部に回した手に力を入れて、強く抱きしめる。
この体温を、存在を手放したくない。
…ごめん、ともう一度小さく消えるような声で謝った。
まーくんからみれば、今考えてることを実行することによって起こる結果は確実に良いことばかりじゃない。
…むしろ悪いことしかない。
…そう知ってるのに、それでも、やめようだなんて思えなくて。
この暗示が成功することを…心の底から願ってしまう。
俺は最低で。
最悪な人間だ。
でも、これが成功さえすれば…こうやって心が危なくなる度に、まーくんは俺を頼ってくれるようになるはずだから…
だから
「……お願いだから、…」
祈る。
神様を信じているわけじゃないけど、祈るように瞳を閉じて懇願した。
(…早く、俺がいないと生きていけないようになって)
嗚呼、俺は。
―――――――
まーくんの傍に居られたら、
……ただそれだけで良かったはずだったのに。
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