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過去【少年と彼】
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しおりを挟む「怯えたような顔をするな。みっともない。散々今まで表情のコントロールの仕方を教えてやったのに、それも一からやり直しか…」
無意識に本能的な危険を感じて逃げようと手首を動かせば鎖の耳障りな音が鳴って、容易にその行動の意味を気づかれる。
やれやれと首を振って呆れたような声。
「そうだ。紹介しておこう。前に一度対面しただろう。最近拾ったお気に入りでな。ほら、挨拶」
「…椿 なぎ…です」
同時に、その人の背後から歩いてくる人間。
それが瞳に映った瞬間、思考するより前に思い出した。
「…っ、」
記憶に残っている顔。
(…まーくんを踏みつけた男…)
怒りに自然と自分の目が据わるのがわかる。
覚えている。
高校生ぐらいの男。
前と違って着物を着て化粧もして大分雰囲気が違うけど…でも、わかる。
忘れるわけがない。
こいつだけは…忘れない。
しかし、そんな怒りも思考も、次に続けられた予想外の言葉に一瞬停止する。
「年齢的にも丁度いい相手だ。顔だって中性的だからヤる時に便利だしな。お前にくれてやる」
「…は?」
「柊真冬でいいなら、ソレでも構わんだろう?人間はこの世に一人じゃないんだ。」
唖然として口から出た声を無視して次々と並べ立てられる台詞に思考がついていけない。
やるとき…?おまえにくれてやる…?
脳で処理できずに湧き上がる疑問と途方もない不安感。
何か、今すぐ何か、どうにかしてこの場から逃げないといけないような…そんな気がして
脳内で鳴る警鐘に、血の気が引いて喉が渇いてカラカラになる。
声に従って予め指示されていたのか、近くにいた奴隷たちが一斉に俺から離れた。
それと対照的にこっちに距離を縮めてくる椿という名の男。
「女が無理なら男でもいい。柊 真冬に固執するな。とりあえずお前のその呆けた頭をどうにかしろ。他の人間の味でも教えてもらえ」
「…っ、何を、」
「ほら、よく昔打ったお薬の時間だ。せいぜい楽しませてもらえばいい」
「や、…やめ…、っ!」
1人の奴隷が俺の腕にたぷたぷと変な色の液体を入れた注射の針先を近づけてきた。
キラリと光る鋭利なその部分から離れようと身を捩る。
でも、鎖で固定されている自分のそんな反抗は最早抵抗と呼べるほどのものでもない。
ツプリ、
腕の皮膚に刺さる感触。
ぐぐ、とその指が動いて液体が体内に入ってくる。
それだけじゃない。性器にも直接同じものを打たれた。
直後、
「…っ、ぁ、ぁ゛、…――っ!!」
喉の奥から耳をつんざくような悲鳴が上がった。
声を出さずにはいられない。
汗が噴き出る。
痙攣しているように震えが止まらない。
意識しなくても勝手に瞼の裏が熱くなって涙が零れた。
ドクン、ドクン、と異常なほど心臓の音が大きくなって鼓動が速くなる。
全身が熱くなって息をするだけでおかしくなりそうだった。
思考できない。脳が働かない。今自分がどこにいるのか、何をしてるのか現実の認識が不鮮明になる。
意識が数秒飛んだ。
そう気づいたのは次に景色が見えた時、もう既に息を吐けば触れ合うほど至近距離に椿という男がいたからだった。
「…っ、…?」
「残念。これで上書きされちまったな」
唇に何かが触れた感触が残っている。
「…な、」
一言発する前に目を伏せた顔を寄せられ、口づけられる。
記憶が飛んでいた時間に何が起こったかを知った。
途轍もない生理的嫌悪感。
しかしそれを上回りそうになる薬の嫌な影響と舌をしゃぶられる感触に吐き気がする。
噛むという簡単な拒絶すら何故か思うようにできずに舌を交わらされ、ようやく離れても余韻が残るほど擦られた。
催眠にかけられたように働かない思考と、動かせないくせに熱くなる身体をどうにか使って俺が逃れようとしているのを見て嗤った椿が、自分の着物をたくしあげる。そんな動作に血の気が引く。
今になってこれから何が起こるのか、その本当の意味をようやく理解した。
(…っ、嫌だ)
冷水を浴びせられた時のように体温が消えていく。
それとは反対に薬のせいで身体の奥の部分から熱くなって、口から零れる吐息が、頬が熱を帯びる。
「…っ、やめろ…っ!!俺に…触るな…っ」
「……」
恐怖で上擦って震える拒否の言葉に返される声はない。
その捲り上げた服の下に見えるモノ。
ぐちょぐちょと前を擦りあげ、自分の後孔に目の前で指を突っ込む姿。
見たことがある。
あの人の部屋で、よく女だけじゃない…男もそういうことをしている姿を見たことがある。
その後の行為も、全部…知ってる。
そんな椿の行動を見る目。目。目。
部屋にいるのは俺とこいつだけじゃない。
手下達もあの人も、全部見ている。
込み上げる嘔吐感。
一瞬で今すぐにでも吐きそうな程気持ち悪くなって、必死に手足を動かして離れようとする。
でも、そうしようとすればするほど手枷と足枷が皮膚に擦れて血が滲んで、首輪のせいで首が締まる。
気管支が締まる。
息ができない。
でも、そんなのどうでもいい。
嫌だ。
嫌だやめろと、全身が叫ぶ。
肌が粟立つ。
「離れろ…っ、気持ち悪い…ッ、なんで…っ」
「さぁ?俺はお前が苦しめば後はどうでもいい」
「…ッ、」
もう既に死んでいるような、酷く暗い瞳が至近距離で俺を見据える。
そいつの手がこっちに伸ばされて、腰の方の着物を下から持ち上げられた。
脚に冷たい空気が触れる。
下着をずらされて、意思とは別に薬のせいでドクドクト熱くなったソコに直に触れられる。
反射的に腰が引いた。
「…っ、触るな…ッ、」
俺のことが好きなわけじゃないくせに。
むしろ憎悪に近い、そんな色の瞳。
…この男もあの人の言葉に逆らえずに、こうやってあの人の思惑通りに思うがままの人形を演じている。
(……俺が、子どもじゃなければ)
こいつらに負けない力があれば。
今こんなことをさせられずに済んだかもしれない。
俺がもっといい方法を見つけていれば。
あの時まーくんと離れずに、今も一緒にいられたかもしれない。
……こんな思いはしなくて済んだかもしれないのに。
抗っても必死で抵抗しても、行為はとまらない。
誰か、なんて叫んでもこの屋敷の人間が助けてくれるはずもなくて、
皆、無感情に俺とこの男の行為を傍観している。
「…っ、嫌、だ…っ、」
「諦めろ。お前の初めては俺が貰う。お前の初めてのオンナになってやるよ。はは…っ、ざまあみろ…ッ」
「…やめ…っ、嫌だ…ッ!!嫌だ…ッ!!…ま、ーく…っ」
叫び声に交じる熱く震えた声。
零れ落ちる名前。
夢を抱いていたわけじゃない。
初めては絶対に好きな人と、なんてそんなばかみたいな夢を描いていたわけじゃない。
この家でそんな希望を、夢を持つことが許されるわけがない。
でも
それでもこんなの、こんな状況で、こんな相手となんか…嫌で嫌で堪らなくて
「…まーくん…っ、」
頬を流れる熱いモノ。
震える身体。
恋人になるって約束して
ずっと一緒に居たくて、繋ぎとめる約束をさせた。
でも…だからって、まーくんとこういうことがしたかったわけでもない、のに
なのに、
それでも、無意識に呼んでしまう名前は、求めてしまうのは…今この部屋にいる誰でもなくて
ここにはいない、まーくんだけだった。
―――――
嗚呼、………会いたい。
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