手足を鎖で縛られる

和泉奏

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過去【少年と彼】

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濡れた髪から俺の首元にとめどなく垂れてくる水が、胸元を下りて服に染みる。

…そんなことぐらいしか、できない。



「…なんで…っ、おれ…は、いつも…っ」

「………」

「どうして、…ッ、」


悔しそうに、叱咤するように、自分を責める声。


(…”子どもは、どんな親でも愛すようにプログラムされている”、…か)


どこかの小説で読んだ話の一説を思い出す。
…それは、まるで真冬のためにあるような気がした。


「…ごめんね。ありがと……」


もうだいじょうぶ、なんていつもより余計に舌足らずな声でそんな絶対に嘘にしか見えない言葉を吐いて、えへ、と無理して笑おうとする真冬の笑顔は見ていて痛々しい。


「…真冬」

「…ん?なぁに、くーくん」

「どうして欲しい?」

「…へ?」


いつも通りに装うとしているのか、わざと明るい口調で頬を緩める真冬の瞳からは、まだぼろぼろと、とめどなく涙が溢れていて「あ、あれ…とまんない…、…っ」なんておかしいな、って笑いながらぐじぐじと腕で必死に拭って隠そうとする。

拭っても拭ってもその涙はとまらなくて、


(…声だって震えてるからばればれで、…本当は大声で泣きたいくせに)

…泣けばいい。泣きたいなら、泣けばいいのに。

……どうして、こんな時でも真冬は自由じゃないんだろう。


(……)


こういう時にどうしたらいいかわからない。
うまい慰め方も、知らない。

だから、いまだにヒックヒックとしゃくりあげている真冬を抱き寄せたまま、静かに唇を動かす。


「…今何かしてほしいこと、ある?」

「…っ、」

「なんでもいいよ。…俺は、真冬のしてほしいって思うことはなんでもしたいから」


そのためなら、自分がどうなってもいい。
そんな風に思えるほど、この抱きしめた身体が…真冬が愛しい。


(…俺が、守りたい)


こんなに真冬自身は小さくて弱いのに、でもそれでも他人のことばっかり考えてて
自分のことじゃなくて人のために泣いて、傷ついて、傷つけられて、殴られても蹴られてぼろぼろになっても、それでも相手を求めて、裏切られて、悲しんで泣いて


…そんな真冬が歪で、凄く綺麗だと思った。

それと同時に湧き上がる独占欲にも似た感情には気づかずに、込み上げる思いに瞳を伏せる。



「…っ、くーくんに、”まーくん”って呼んでほしい」

「…うん。…まーくん」

「…ぎゅって抱きしめて、なでなでしてほしい…」

「うん」

「それで、がんばったねっていってほし、い…っ、」



話している途中で我慢できなくなったのか、くしゃっと顔を歪ませて熱い涙を流す真冬の後頭部にまわして胸に押し付けていた手に力を込める一際強く抱きすくめる。
撫でながら声をかければ、より強くなる嗚咽。
茶色でいつもはさらさらした髪の感触が、今は撫でれば濡れていて指に絡んだ。


「…まーくんは頑張った。偉いな」

「…っ、くーく、ん…ッ、」


だから…これ以上真冬が悲しい思いをしないで済むように、苦しまずに済むように。

…俺が、守ってあげないと。


しばらくして落ち着いたらしく嗚咽も収まって、泣き止んでもそのまま自分にもたれかかってしがみついてくる真冬の腕と身体の体温に充足感を感じながら抱きしめて、


「まーくん」と声をかければ少し目の縁を赤くしたまま、キョトンとして首を傾げる。



「俺とずっと一緒にいたいって前言ってくれたけど…今でも思ってる?」

「…うん…っ、くーくんとずっといっしょに、いたい…っ、」


こくこくと真剣に頷いて抱きしめてくる真冬に、嬉しくて自然と頬が緩んだ。
真冬も一緒にいたいって思ってくれてる。


(…だったら、)



「じゃあ、覚えてる?前にまーくんが言ったこと」

「…?」


少し身体を離して、冷たく濡れた頬に触れる。
白くて綺麗な頬が少し赤く染まっている
その潤んだ瞳に、今まで見たことがないような表情で微笑む自分が映っていた。


「…まえ…?」

「こいびと、の話」

「…?うん。おぼえてる」


前に寝る前に話した。

恋人って何だろうって話になって、その時に「”恋人”っていうのになれば、ずっと一緒にいられるんだよね?」って何の気なしに聞いてくる真冬に俺はうまく答えられなかった。


…恋人っていうのがどういうものか、その本当の意味を真冬はわかってないし…「おれとくーくんはなれないの?」って無邪気に聞いてくる真冬にどうしたらいいかわからなかった。

…でも、今なら迷わない。俺がどうするべきか、なんて答えは決まってる。


「俺もまーくんにお願い、してもいい?」

「誕生日プレゼントの代わり」と続けて、確かあの時真冬に欲しいものを聞かれて「保留」にしておいた。


「…っ、うん」


こくんと素直に頷く真冬に、機嫌良く目を細める。
そんな俺に…何故か驚いたように見開かれる瞳と、朱色に染まる頬。


「俺が、まーくんの恋人になる」

「…っ、ほんと?」


今なら、真冬は何もわからない。
恋人の本当の意味だって理解できない。

…でも、こうやって約束しておけば、いつか理解する日が来たとしても困らない。
たとえ真冬が俺から離れたくなっても、優しい真冬には俺を拒むことなんて絶対にできなくなるから。


「だから、…俺がずっと一緒にいる。まーくんのこと、絶対に守るから」


低く囁いて、誓うようにその額に軽く口づけた。


―――――――――


(「助けてもらったお礼」なんて)

(…そんな嘘の言い訳までして、)


「恋人になる」ための体裁の良い理由を吐いた。

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