手足を鎖で縛られる

和泉奏

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過去【少年と彼】

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だからといって素直にここで真冬を抱きしめられるほど俺の人間性はそこまでできてないわけで。

こんな風に抱きしめてほしい、みたいな言葉で自分を求められたことなんてなかったから…どうしていいかわからずに考えあぐねる。

…普通だったらここで真冬を抱きしめるのか、それとも無視するのか。


(…あれ、)


不意に視線を落として気づく。
いや、今更ってくらい今更なんだけど。

左手の手首に巻かれている包帯に驚いて目を瞬く。
昨日まではなかったはずだ。

…もしかして、これ…


「…あの、くーくん…?」


手首を動かして確認していると、ずっと黙ったままの俺に心配になってきたのかちょっと振り向いてチラッとこっちに窺うように向けられる視線。

まるで飼い主に叱られた犬の様な視線がちょっと可笑しい。


「何」

「…っ、」


わざと無表情のままその目を見返すとビクッと怯える様に震える。
俺が怒ってると思ったのかもしれない。

…別に全然怒ってないけど(むしろ怒られるのはこっちの方だと思うけど)なんだかそういう態度に気分が高揚してきたからあえて無視することにした。


無言のまま顔を逸らして真冬に背を向けると「…っ、ぁ…」と泣きそうな声が聞こえる。

…もっと泣きそうになってほしい、俺の言葉で揺さぶられてほしい、なんて子どもみたいな感情にとらわれながら背を向けたまま背後の真冬の気配を感じる。

少しの沈黙。

でもその一瞬後、服がズリズリと床を擦る音が聞こえた。


「……」

「………」


すぐに服の裾を遠慮がちにクイ、と引っ張られる。

チラッとそっち側を見ると、ぶるぶると震えながら向こうを向いていたはずの身体をこっちに向けていた。
四つん這い歩きでこっちに近づいてきたらしい真冬がしょぼんとした顔で酷く心配そうに見上げてくる。


「…ごめんなさい…」

「…別におこってない」

「…わがままいって、ごめんなさい…もういわないから、おこらないでください…」


本当に怒ってはないけど、俺の言動の一つ一つでここまで表情を変える真冬に罪悪感と満足感とか色んな感情で胸がいっぱいになって胸が締め付けられたように痛い。


(…苦しい…痛い、)


よくわからない辛さに服の胸辺りをぎゅっと握りしめて唇を噛み締めた。


「…ごめんなさい…くーくん、ごめんなさ…」


俺の服を掴んだまま涙まじりの声でひたすら謝る真冬に息を吐く。

(あー、もう…)

本当、やばい…何やってるんだろう…俺。


何度となく心中で呟いた言葉を繰り返して、でも流石に真冬のここまで必死に謝る姿を見たら堪える。
もう一度大きなため息を吐いて、振り向いた。
泣きべそをかいている真冬の腕を引っ張ってその身体を引き寄せる。

片腕しか動かせないから、右手で真冬の後頭部に手を回して俺の肩辺りに押し付ける。

…そうするだけで、呼吸が少し楽になったような気がしてゆっくりと吐息を零した。


「…真冬のこと、別に…その、嫌いとかそういうのじゃないから」

「…ほんと?」


そういうのじゃないって何なんだと問われたら答えられそうになかったけど、幸いそんな質問は飛んでこなかった。

グスッと鼻を鳴らしてそう問う声に小さく頷く。

それに、と呟いてその首筋に軽く指で触れる。
指が冷たかったのか、触れた瞬間真冬の身体が少し震えてその頬が赤くなった。


「これ、そんな嫌がることないのに」


嘘ではなく、そう思う。
首の跡を見たって気持ち悪いと思わなかった。

白い首に浮かぶ首輪の様な紫色に近い痣。
おかしいというよりはむしろ、その跡に魅入られたように目が離せなくて、その跡を見られたくないと泣きそうになる真冬の顔とか反応とかを見て、色々興味を持った。

今までの自分にはきっと思いつかなかった方法だったから。

…嗚呼、こういう方法があったんだって感心したくらいだ。


「俺は、綺麗だと思うよ。この跡」

「きれい?」


後頭部に手を当てて抱き寄せているせいで、少し下を向けばすぐに見えるその痣。
他人がやったんだと思うとなんか酷く腹立たしくてざわつく感覚があるけど、今はそれ以上に違う欲求がある。


「…うん。」


人の肌に残るくらいの跡。
どのぐらいの力でやればいいんだろう。
俺だって身体中に傷はあるけどこんなに綺麗なものじゃなくて、それにこんなに誰かの肌にあるものを見て見惚れたのは初めてだったから余計に欲求が強い。


…やってみたい。

この白くて柔らかい綺麗な肌に…なんでもいい…何でもいいからとりあえず跡を刻みたい。


「俺が真冬につけたいくらい」

「…っ、へ、」


…つけてみたらどんな気持ちになるんだろう。特別感。背徳感。罪悪感。
何故かわからないけど、そうやったら今まで得たことのない何かを見つけられるような気がした。
この空っぽな胸の空間が埋まるような気がした。

キョトンとして純粋な目を見開いて、一瞬後にその意味を理解したのか頬を上気させる真冬から顔を背けて「冗談だよ」と薄く笑う。


このまま見てたら何かしてしまいそうだ。


首をぶんぶん振ってそんな思考を振り払い、照れ隠しに真冬を抱きしめたままその肩にぐりぐりと顔を埋める。

やっぱり良い匂いがする。


(…落ち着く…)


本当にどうしてだろう。
昨日会ったばかりなのに、その雰囲気のせいかもしれない。
真冬の傍にいると酷く安心できた。
あの屋敷にいる時とは違う。
息が苦しくない。

「ぎゃ…っ、ちょ、にゃ、」なんてよくわからない奇声をあげている身体におでこをくっつけたまま声だけで問う。


「怒ってないの?」

「へ?」

「…あんなことしたのに、俺に…ムカついたりしてないの?」


どうみたって悪いことをしたのは俺の方だ。
何故か真冬の近くにいると感情が乱れる自分に戸惑いつつ、だからこそ自分を制御しきれない俺にあんなことをされた真冬はもっとわけがわからなくて怒りを覚えるはずで。


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