手足を鎖で縛られる

和泉奏

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過去【少年と彼】

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「真冬」

「…っ、くーくん…」


手で柔らかい首筋に触れて顔を近づければ、その瞳に酷く冷たい表情をした自分が映っていた。

流石に事態を把握したのか、手で触れた瞬間ビクッと真冬が震えて怯えたように小さな唇で俺の名前を形作る。

…その反応を自分がさせたってわかってるのに、何故かそれを見た瞬間に余計に胸がざわついた。


「…俺のこと、怖くないんだろ?」


意識的に出した、…地の底を這うような低くて冷めた声音。

驚いたように目を瞬いて、コクンと喉を鳴らす真冬に若干満足する。

ふ、と薄く微笑んで首筋に指先を這わせる。

…俺が触る前から、ずっと前からその肌に首輪みたいに残っている青よりもっと少し黒に近い色の跡。

跡に合わせてなぞっていけば、ぎゅっと目を瞑って小さく震える。

身体に馬乗りになって手首を押さえているせいで今真冬はなんでもされ放題だ。

上擦った声がその唇から零れる。


「…っ、ひ、ぁ、…っ、くすぐ、ったい…」

「ここにある跡、何?」

「…しら、ない」


恐怖からかじわじわと少しずつ濡れてきた瞳がゆらゆらと揺れて視線を逸らす。

白い肌に浮かび上がるように首の回り一面に広がる痛々しい青紫色の痣。
治ってはやられ、治ってはやられて、内出血を繰り返したのかもしれない。

こんな跡、昨日今日でつけられるものじゃない。
そしてその範囲的に子どもの手じゃない、大人の手。


…多分何か月以上も、こいつは毎日誰かに首を絞められている。


どう考えてもこの家の状況を見るとそんなことをしているのは…、


「親?」

「………ちがう」

「あたり」

「…っ、ちがう、もん。…されてない。べつに、なにもされてない…っ、」


動揺してるのがみえみえなのに、なんでそんな風に否定するんだろう。

…こんなんじゃすぐにばれる。
泣きそうに顔をくしゃくしゃにしながらそれでもぶんぶん首を振って違うと言い張る様子に首を傾げる。
泣かせてばっかりだな、とどこか客観的な自分がそんなことを思いつつ問う。


「じゃあ、なんでこんな跡ついてるの?」

「…、その、…えっと……じぶんでくび、しめたから…」

「……言い訳するならもっとうまいこといわないと余計怪しまれると思うけど」


呆れてため息さえでない。
どうみたってこんな子どもが自分でつけられるような軽い跡じゃないし、真冬がつけたにしては手の跡の範囲が大きすぎる。


「…くーくん」

「何?」


じーっとその跡を見ていると不意に真冬が小さな声で呟いて顔を横にずらして、動かせるほうの手で首元の服でそこを隠すように覆った。
チラリとその目だけがこっちの様子を窺うように見る。


「…その、……きもちわるいとおもう、から、みないで…ください」

「……?なんで?」



口ごもる真冬に、疑問符を投げかける。
キョトンとしてそう問う俺に真冬の方が「…へ?」とぽかんとしていた。


「なんで気持ち悪いと俺に見せたくないの?」

「……え…えっと、」

「……」


何かをいいかけて、でもすぐに言いづらそうに口を閉じる。

そんなに言いにくいことなのかと怪訝に思うほど、こっちから見ると不自然に視線を漂わせている。

一度俺に視線を向けて、目が合った瞬間にすぐに逸らされる。

そんな反応がまた俺を不機嫌にさせるとは気づきもしないで、あわあわと表情がめまぐるしく動いていた。


「真冬」

「…っ、あ、は、はい…!ごめんなさい…!」


いい加減に待つのも嫌でそう呼びかければ、ビクッと肩を震わせて謝る。


そして…何故か今にも零れそうな程目いっぱいに涙をためて顔を背けた。
喉が込み上げてくる涙を堪えるかのようにごくりと上下に動く。

「…?」」と怪訝に思いながらその様子を眺めつつけること数十秒。


…真冬はその小さな唇を震わせながら、涙声交じりの声でぼそりと



「…くーくんに、これいじょう…いやなおもいをさせたくない、から…っ」

「…っ、」



…――そんな、俺の予想したどれとも違うことを言った。


見事に不意を突かれて、しばらくその言葉の意味を飲み込めない。
そう言った後我慢できなくなったのか、嗚咽を零しながらぼろぼろ涙を零す真冬に息を呑む。
目いっぱいに溜った涙が肌を伝って、床にどんどん落ちていった。


「…なんで、俺が嫌な思いするって、」

「…っ、だって、くーくん…っきのうも…おふろはいってるとき、おれのくび、みてへんなかおしてた…っ、」

「……」


「…それにっ、おれのくびみるたびに、ぎゅーってなりそうなへんなかおするし…っ、おれ、くーくんにめいわくかけてばっかりだし、してほしいこといってばっかりおしつけたし…っ、きら…っ、」

「……」

「きらわれてるから…っ、これいじょう、もう、ぶふぇ…っ」


酷い嗚咽を漏らして泣いている真冬に、いまだに状況が把握できない。
…えっと、つまり…真冬がなんでこんなに泣いてるのかって理由が、俺が怖かったとか、俺を嫌いになったとか、そんな理由じゃなくて、


…俺に嫌な思いをさせたくなくて、今回のことでもっと嫌われたと思ってるから泣いてるってこと…?


そんな回答が意外すぎて、すぐには言葉が出ない。


「…そんなに俺に嫌われたくない?」

「…ぅ…っ、ひ…っ、くーくんにもっときらわれるなんて、やだぁ…っ、ぅ…ううう…っ」


コクコクと首がもげそうなほど大きく頷いてわあわあと余計に泣き出すのを見て、…何故だろう。


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