手足を鎖で縛られる

和泉奏

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過去【少年と彼】

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今まで見たことがないくらい無邪気な笑顔に毒気を抜かれそうになる。

凍傷と怪我と疲労ですぐ動ける状態ではない。それに加え、この状況に数秒思考が停止した。


「………なに…、」


一瞬緩んだ気を引き締めて身体を強張らせながら、睨むように見る。

そんな俺にソイツはキョトンと目を瞬いて首を傾げた。
ぐいと何の気なしに顔を近づけてくるから、怯んで顎を引く。


「ないてたの?どこかけがしたの?だいじょうぶ?」

「してない。泣いてない」


頬に触れようと伸ばされる手に、反射的に顔を背けながら否定する。
そのぱっちりとした大きな瞳に今にも泣きだしそうな自分が映っているのが見えて自己嫌悪に陥る。

死んで全てを終わらそうとしていたのに。
余程興味をそそられたのか、なんだか目がキラキラしているように見える。

なんなんだ。
これ以上ないほど不機嫌になる俺の心なんて全く気付かずに、ソイツは何の気なしに質問責めにしてくる。


「じゃあどうしてこんなところでおひるね?してるの?」

「……誰」

「…ぁ…っ、そうだった。じこしょうかいしてなかった。…ごめんなさい」


さっきよりも少しキツめの口調で二度目の質問。
はじめての人にはなまえいわないといけないんだった、と慌てたようにパッと顔を離した。
その動きと滑舌があまりにも危なっかしくて、なんだか大丈夫かと心配になってくる。


「えっと…ひいらぎ まふゆっていいます。はじめ、まして」

「……」


いいながら「はじめまして」のめ、のところでぺこりと頭を下げた。
その動作のせいで一緒に握られた俺の手も上下に揺れる。

(…アホそう…)

どうすればいいかわからなくて、とりあえずうん、と頷いたら、そんな俺の反応にすごく嬉しそうに笑うから
もっとやりづらいような変な感覚に襲われてプイと目を逸らした。

…多分すっごい複雑な顔になってた。

手を離そうとしても、「まだつめたいから、だめ」とわけのわからない理論でぎゅっと手をさらに強く握られた。はーはぁーっと息をかけたり、雪玉を握りしめるようにぎゅ、ぎゅ、と両手でなんだか声をかけるのが躊躇われるほど一生懸命な表情で必死に握りしめてくる。

(…あたためようとしてるのか)

自分だってほっぺ真っ赤にして、手だって赤くなってるのに。
なんで赤の他人の手をそんなに必死になって温めようとしてるのかわからない。
…放っておけばいいのに。

それに自分が名乗ったくせに俺の名前を聞いてこようとしない。
興味がないのか、ただ聞くのを忘れてるだけなのかわからないけど。

(……変なやつ)


「…なんで、俺に声かけたの?」

「声かけたかったから!」


えへへ、と照れたように笑ってえへんと胸を張る。
答えになってない。
訝し気にさらに眉を寄せる俺の頬に、ぺたんとくっつけられる冷たくてちっちゃな手。
すごく冷たい。
頬に触れた瞬間、むぐぅとおかしな擬音語を出して変な顔をした。
いつもならすぐに避けるか振り払うのに、あまりにも突然でさっきから脈絡のない行動ばかりで唖然とする。


「やっぱりつめたい…。こんなところにいたらもっともっとつめたくなっちゃうから、おうちにはいろ?」

「…おうち?お家って、」

「だいじょーぶ…!」


戸惑う何故かそんなことを言って、よしよしと俺の頭を撫でる。
えへへっと無邪気に笑ったソイツは、ぎゅっと握った俺の手を引っ張ってやっぱりどこかふわふわとした笑顔を浮かべた。


「おれのとこにおいで!」

「……」


捨て猫を見つけた。
そのくらい軽い行動と態度。

前を歩く、どこかへトコトコと向かう小さな後姿。
さっきまで死ぬと思っていたからか、握られた手から伝わる体温を何故か振りはらう気になれない。ただ、気力がないだけかもしれないけど。

…不覚にも、今日初めて会ったばかりのソイツのペースに完全に乗せられていた。





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