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吐き気と、暴力と、
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しおりを挟む……だけど、
鋏を構える手ごと、身体をふわりと包み込まれる。
「まーくん…ッ、」
「…っ、ふ、ぅ…ぁ゛…っ…」
「ごめん…っ、ごめん…っ」
背中に回された腕に、ぎゅっと抱きしめられた。
今にも泣きそうな涙声の滲んだ声。
その声は、何度もごめんごめんと言った。
苦しませて、ごめん。
守れなくて、ごめん。
辛い思いをさせて、ごめん。
泣かせてばっかりで、ごめん。
守れなくて、ごめん。
……傍から離れて、ごめん。
ごめん、と震える声で彼は何度も何度も繰り返す。
俺よりもずっとずっと泣きたくて、でも頑張って堪えているような、そんな聞き覚えのある声が耳元で囁かれる。
俺が悪いのにどうして蒼が謝るのか全然わからなくて、でもそれに答えられない程酷い嗚咽のせいで言葉が喉につっかえて出てこない。
ひっくひっくと肩を震わせるおれの頭を撫でる手に、もっともっともっと涙が溢れて零れ落ちた。
カタカタとハサミをもって震える手が、蒼と俺の間で潰れるような形になっている。
「まーくん」
頭に触れた手が、ゆっくりと撫でるように動く。
優しく気遣うようにそっと触れる手と、優しくて透き通る少し低めの声。
彼の声で呼ばれるだけで、胸が熱く震えた。
「俺が死ねば、まーくんは幸せになる?」
思いもよらない言葉に、焦燥か嫌悪か得体の知れない不吉な塊が心を押さえつける。
「…――だったら、いいよ。俺を殺して」
「…っ、な、」
微かに微笑む吐息まじりの声を耳にして、涙で濡れた目を瞬いた。
相変わらず自分が死ぬことになんの躊躇いも感じていない様子に小さく息を呑む。
「まーくんの言ったことが、全部嘘じゃないなんて言えない」
「…っ、」
”嘘じゃないなんて言えない”
その言葉にドクンと胸が跳ねた。
「…でも、これだけは変わらない。変えることなんてできない…できなかった」
頭を撫でる手が動きをやめて、軽く俺の頭を彼の胸元に押し付ける。
身体越しに心臓が打つ鼓動の音が伝わってきた。
「俺はまーくんのことが好きだ」
「…――っ、また、うそ…っ」
「嘘じゃない…っ!」
強い否定の声に驚いて、ぐ、と唾を飲んだ。
くしゃりと髪が乱れるくらいキツく抱きしめられる。
ドクンドクンとリズムの狂ったような彼の鼓動。
「好きだ。好きだ。好きだ…っ」
「…っ、」
「誰よりも、まーくんだけを愛してる」
耳元で呟かれる熱く震えた声。
「離れようとして、何度も何度も離れようとして、でも好きだから離れられなくて、」
「……」
「まーくんの幸せを願って、その為に頑張って離れて、だからこれ以上泣かせずに済むと思ったのに、またこうやって泣かせてばっかりで」
「………」
「…まーくんが幸せになるためには離れてたほうがよかったってわかってるのに…ここで、会うべきじゃなかったのに…でも、…今会えたことがすごく、すごく嬉しい…」
「……っ、」
「…だから…俺がまーくんを捨てることなんて、できるわけがないんだ…」
それができたらどれだけ良かったんだろう。
そんな含みを持ったような言葉。
目を瞬いて固まっていると、彼はふ、と吐息を零して目を細めて笑みを作った。
「…相変わらずまーくんは自分より人のことばっかり考えて、泣いて、苦しんで…本当、いい子すぎるよ」
「…ッ、…」
「まーくんは誰よりも頑張ってる」
「…ぅ…」
ドクン
鼓動が跳ねる。
うめき声の様な声が唇の隙間から零れる。
頭を撫でる手が優しい。
「見てるこっちが心配になるくらい頑張ってるのに、それなのに自分を責めて責めて責めて、…これ以上自分を責めたらただでさえ傷だらけのまーくんの心が壊れちゃうよ」
「…ぅ、ぁ…」
「…もう、自分を責めないで。まーくんは十分すぎるほど、いい子になろうとして頑張ったんだから」
やっぱりイヤホンから聞こえてきた声とは全く違う。
彼の声は極めて優しく温かで、目を瞑って聞いているとまるで身体だけでなく、心の奥底まで抱かれているような心持ちがする。
鼻の奥が痺れるほど熱い涙が溢れてきた。
歯の隙間から声が洩れ号泣する。
「…ぅ゛、ぁ゛ううう…っ、ぁ゛あああ…っ」
手から零れおちた鋏が、床に当たってカランと音を立てる。
彼の胸にすがって赤ん坊のように声を上げて泣いた。
凍っていた心が溶かされていくようだった。
いつも彼の声、言葉は、俺の感情を怖いくらいに温かく刺激して緩めてしまう。
よしよしと昔と変わらずに頭を撫でて、身体を抱きしめてくれる。
「”これからもずっと、まーくんの幸せだけを願ってる”」
「…っ、ぅ゛…っ、ぁ゛あぅ…ッひ、く…っ、…?」
彼の…よく聞き覚えのある台詞が耳元で囁かれる。
俺の手を握った蒼は、その手に何かを触れさせた。
冷たい無機質な感触。
チャリ、と音を立ててそれが置かれる。
手の上に置かれたものが”何”か分かった瞬間、目を軽く見開いた。
「…迷惑じゃなければ、これからも…持っていてほしい」
「ど、して…これ、あおいが…」
ホテルで寝ている時は首にかけてたはずなのに、その後、硬い物で殴られた後から、ずっとどこにあるかわからなくて。
失くしたんだ、どこかに落としちゃったんだって思ってて。
……それなのに、どうして蒼がこれを持ってるんだ。
蒼に貰った、うさぎと月のネックレス。
薄暗い部屋の中で、浮かび上がるようにそれ自体が光を放っているように見える。
「ずっと前…俺が言ったこと、覚えてる?」
「…言ったこと…?」
驚きと困惑を滲ませた俺の問いには応えず、少しだけ瞳を伏せた彼は小さくそう呟いた。
おうむ返しに繰り返すと、こくんと頷く。
「”飽きたら、俺のことがいらなくなったら、必要じゃなくなったら、俺のことなんか捨てればいい。殺せばいい”」
「…っ、うん、覚えて、る…」
それは、さっき思い出したばかりの数日間の空白だった時間に蒼が言った言葉。
彼の口から直接その言葉をもう一度聞けば、やっぱりその台詞に込められた意味は悲しいもので、胸に抉られたような痛みが走った。
そんな俺の顔を見て、ふ、と寂しそうに、嬉しそうに笑みを零した彼は手を伸ばす。
優しく頬に触れる手に一瞬ビクっと反射的に震えて目を閉じて、でもおずおずとちょっと緊張しながら彼を見つめ返した。
真剣な彼の瞳にドキリと胸が高鳴る。
「……あお、い…」
「俺は、まーくんに感謝してもしきれないことをしてもらった。きっと…俺がどんなことをしても、返しきることなんかできない」
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