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吐き気と、暴力と、
まーくんの幸せ(蒼side)
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ガン…ッ
ガン…ッ
鎖が酷く耳障りな音を鳴らす。
「…は…っ、」
何度も引っ張ったせいで、手枷に擦れた皮膚が大分抉れた。
激しい痛みと吐き気。
でもそんなどうでもいいことに気を取られてる場合じゃない。
痛みに構わず手枷から少しでも手を抜くために、手首を捻るように回す。
手枷で皮膚を削っていけば血が出てくる。
血が多く流れれば流れるほど、その滑りで多少手枷から外しやすくなるはずだ。
そう期待して数えきれないほどの時間を費やして延々とその動作を繰り返しているけど、ただ手首から流れる血の量が増えるだけで事態は一向に進展しない。
一回鎖から手を抜くために力を入れ過ぎて右手首の骨が折れた。
骨が折れたせいか、ジクジクとそこが痛んで、身体が熱い。
血まみれになった手首から、途方もない血の量が鎖を伝って滴り落ちていく。
首筋を通った血が浮かんだ鎖骨をまたいで、浴衣の隙間から肌をつたって下に零れていく。
(…うまく力が入らない…)
床についた膝の下には、身体から流れた分だけの血だまりが渇いた跡がある。
身体の血が流れていくせいで意識が朦朧とするのに加え、起きるたびに睡眠薬を打たれて眠らされる。
そのせいで、もう何日もほとんど昏睡状態だった。
下に視線を向ければ、驚くほど真っ赤に染まった自分の服。
一度ナイフで刺されたせいで、本気であの時は死ぬかと思った。
それだけならいい。
俺だけなら、まだ良かった。
どうせこんな身体がどうなろうと知ったことじゃない。
椿は何日か前までは動かない俺の身体を好き勝手に女どもにさせてたくせに、ある日突然、毎日多量の薬を打ってくるようになった。
椿自身はここに来なくなり、女だけがここに残って行為だけを繰り返す。
そのことに若干の違和感を感じていたけど、その行動の理由にまで頭が回っていなかった。
「…ころ、…してやる。…絶対殺してやる…っ」
絶対に許さない。
まーくんを「家畜」と呼んで、今も弄び続けている椿。
殺す。殺す。殺す。
ぐ、と噛み切るほど強く歯を立てた唇から血が顎を伝って落ちる。
折れた手首が手枷のせいでミシミシと音を立てる。
眠気に逆らうために壁に何度もぶつけた後頭部からも血が滴っていた。
そんなことどうでもいい。
早く、ここから出ないと。
早く、まーくんを助けに行かないと。
「まーくん…」
呟く声が震える。
どれだけ離れても、その名前を呟くだけで、想うだけで、思い出せる。
呼吸をする一瞬の間さえ、その顔を忘れたことなんてなかった。
俺は死んだって良い。
どんな目にあったっていい。
まーくんの為なら、どんなことだってするつもりだった。
誰を殺したって、後悔なんかしない。
それが例え血の繋がった人間でも、喜んで殺してやる。
望むなら、俺自身だって殺してもいい。
まーくんが喜ぶなら、そう願うなら、笑って死んでいける。
体中が血にまみれても、大けがを負っても、最早痛みなんか感じない。
……結局まーくんが幸せになる方法は、俺が死ぬか、俺がまーくんを殺そうとする人間を全員殺すしかなくて。
それを知っているから、だから…死にそうな思いで、身を引き裂かれる思いで、まーくんから離れてその目的を達成しようとしたのに。
「…なんで…っ、ここに戻ってこようとしたんだ…」
もう屋敷には来るなって言ったのに。
椿が捕らえにいかなかったら、きっとまーくんは自分でここに来ていたんだろう。
わからない。まーくんの考えてることが全然わからない。
彼方は「蒼に会いに来たんだよ」といってた。
嘘だ。そんなのうそだ。
俺はまーくんの願いを叶えることができなかった。
……それどころか、何度も何度も苦しめた。
そんな俺に、まーくんが会いたいと思うわけがない。
会いたくないと思われるのが当たり前なのに、…まさか会いに来ようとしてくれただなんて、そんな夢みたいな話あるはずがなかった。
「……は、は…っ」
口から乾いた笑いが零れた。
この気持ちは、初めてまーくんに名前を呼んでもらった時の感情に似てる気がする。
絶対言葉なんかでは表現できない感覚。
何故か今日は感情が緩んでしまっているらしい。
……近くにいると、わかったからかもしれないな。
息を吐いて、身体から力を抜いた。
自然とつるし上げられている腕からも力が抜けて、手枷から繋がれた鎖に全体重がかかって音を鳴らす。
俯けば、髪が頬に垂れてきた。
「……まーくん」
もう一度、その愛しい名を呼んでみる。
嗚呼、やっぱり苦しい。
うまく呼吸ができない。
ほんの小さな声でその名を呟いただけなのに、ぎゅううなんて音が鳴りそうなほど痛いくらい胸が締め付けられた。
そんなに日数は経ってないはずなのに、今思えばまーくんと一緒にいたのが何年も昔の前のことのように感じる。
……本当は、ずっと願ってた。
お願いだから。頼むから。
代わりに俺が死んだっていいから。
まーくんが心から笑えるような、幸せに普通に過ごしていける世界を作りたい。
それだけを願ってたはずだった。
だからこそ、まーくんがずっと昔…俺と約束してくれたことを…俺に願ったことを…一生懸命果たそうとしたのに。
でも、俺がその願いを守ろうと必死になればなるほど、まーくんの表情は悲しげに曇っていって。
それに気づいていながらも、…ずっと気づかないふりをして…まーくんを無理矢理傍に置いていた。
でも椿に「お前が真冬を不幸にしてるんだ」と、…そう言われた瞬間、胸にナイフを突きさされたようだった。
わかってた。ずっと、そんなことわかってた。
……でも、それでも、たとえ嫌われたとしても、憎まれたとしても、…まーくんの傍にいたかった。
その太陽みたいな笑顔をずっと傍で見ていたかった。
まーくんを抱くときも、涙を流していやだと必死に抵抗するのを見るたびにああ可愛い愛しい好きだって感情が増えていって。
でも反対に、まーくんは俺がそうするたびに、俺がそう思うたびに遠ざかっていったような気がする。
高校の時でさえ、俺の近くにいる時は時々まーくんが無理をして笑っているように見えた。
部屋に閉じ込めてからは、もうそんなぎこちない笑顔さえ見なくなって。
……そういう……悲しそうな表情をもうさせたくないから、もう解放してあげようって、……せっかく手放してあげたのに。
「ばかだな…まーくんは」
ちょっと呆れて、でも心の底から溢れるほど湧き上がってくる嬉しさに滲んでしまう声に、自分で笑ってしまう。
……もしかしたらまーくんのことだから、俺のことをちょっとは心配してくれたのかな。
「……(まったく、もう…)」
俺に会いに来てくれようとしたくせに、自分が捕まっちゃって。
……本当、まーくんは危なっかしいんだから。
ふ、と微かに微笑んで息を吐いてから気持ちを切り替えて、十分休息がとれただろう手首に思いきり力を入れる。
ぬるりと手枷と抉れた皮膚の間で手首が滑る。
ゴキ、とまた変な音がなった気がした。
痛みに顔が歪む。
「…――っ、」
「おーおー、無茶してやがる」
そんな茶化すような声とともに、部屋の扉が開いた。
その背後に暗闇が見えて、生暖かい風が流れてくる。
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