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吐き気と、暴力と、
蒼と、血と、着物
しおりを挟むどろりとした嫌な感覚が身体の中でとどまる。
椿さんは、悪女のような微笑みを顔に張り付けたまま、静かに俺を見つめ返した。
少しの間睨み合って、ふ、と息を吐いて諦めた。
この人と話をしても時間の無駄だ。
蒼本人から聞くのが一番手っ取り早い。
「それで、蒼は今どこにいるんですか」
「…ああ、蒼の居場所を教えるって話だったわね」
女用の着物を翻して、彼女は木の板を踏みしめてどこかへ歩き出していく。
蒼と会うということに少しどきどきと緊張して、俯きたい気持ちをぐっとこらえながら道を進んだ。
「そういえば」
「…」
不意に思い出したように声を上げて振り向いた椿さんと目が合う。
その瞳が悲しげに陰る。
「最近蒼がずっと大切にしていたお気に入りの子がどこかへいなくなってしまったみたいなの。貴方、彼の居場所知ってるかしら?」
「…、」
言葉は音を奏でるように軽いのにその射貫くような、心の奥まで覗こうとする瞳にピシリと一瞬身体が凍った。
思い出そうとしているのか、彼女は顎に手を当てて考えるような仕草を見せる。
俺と真冬くんが一緒にいると知っていて、そんなことを聞いてくるのか。
本当に知らなくて気まぐれな言葉なのか、いまいち俺には判別が出来ない。
「…ええっと名前は…なんて言ったかしら…柊…真冬くん?とても素敵な名前よね。蒼がいらなくなったなら、貰っておけばよかった」
思わず寒気がするようなセリフをさらりと言ってのける椿さんに、動揺を隠して微笑む。
椿さんにだけは、真冬くんは絶対に渡すわけにはいかない。
…唯一の救いは…今真冬くんはホテルにいて、椿さんがその場所を知らないってことだ。
ホテルの部屋の中も誰かいないか確認した。
部屋の鍵も閉めてきたし、ホテルで働く人間を調べたけど家の関係者は一人もいなかった。
それに、流石に何百キロも離れたホテルを調べられるはずがない。
「はい。蒼の気に入っていた人なら、俺も会ってみたかったですね」
「ええ。きっと貴方も気に入ったはずよ。とっても可愛い子だったから」
残念と肩を竦めながら笑みを浮かべる椿さんに俺もそうですねと笑みを返す。
今、考えるべきは蒼のこと。そして自分がこれからどう行動するかということ。
進む先にいる蒼を思う。
無事でいてくれと、そう願いながら。
そして、どうか幼いあの頃のように取り返しのつかない状況になっていないようにと祈りながら、逸る心を押さえつけながら重い足を持ち上げた。
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